おやじパンクス、恋をする。#076
そう言ってカズは雄大の方を見た。
雄大はギクリとして、ひきつった笑い顔になった。なるほど、彼女が嵯峨野に強く出れねえってのはそういうことか。人間的には嫌いだが、組のこと、いや会社のことを考えれば嵯峨野に頼るしかないと。そうなるとやっぱり雄大にムカついてくる。
お前、跡取り息子のはずなのに、何やってたんだよ。それに、と俺は突然思い出した。そうだ、このバカ……
俺はカウンター越しに雄大の首根っこ捕まえて引っ張った。
「ちょ、ちょっとなんですか突然」
目の前に雄大のだらしないブヨブヨした顔がある。肉に埋もれた小さな目が、目一杯開かれている。
「てめえさ、そんな大変な時期に何彼女に手出してやがんだよ、ああ?」
「い、いやそれは、だから、何ていうか……」慌てる雄大。
「もっと先にやることがあんじゃねえのか、よお、息子さんよ」
「おいおい、落ち着けよ」とカズがギターのヘッドを俺と雄大との間に差し込んでくる。いやお前、仲裁テキトー過ぎだろ。
「こいつはこいつで辛い立場なんだぜ。跡取り息子なのに蚊帳の外でよ。ビジネスじゃ敵わねえから色恋で勝とうとでもしたんじゃねえの。それなりに責任を感じてよ」
「そ、そうですよ。僕は姉さんだけでも助けようと思って……」カズの助け舟に一目散に乗り込む雄大。鼻の穴ふくらませて、さも自分は悪くないって表情だ。
ああ、情けねえ。確かにこいつじゃダメだ。会社はもちろん、彼女を守ることなんてできやしねえ。
そして俺は、雄大の首を掴んでた手を離した。
よく分かんねえけど、カズが持ってきたこの一連の話に、妙な使命感みたいなものを感じ始めていた。
「もう……なんなんすか」雄大はぶつぶつ言いながら首をさすり、俺をガキみてえなふくれっ面で睨んでくる。
ああもう、バカ。このバカ野郎。こいつは救いようのないバカだ。てめえがそんなんだから、こんなことになってんじゃねえか。
「で、どうすんだよ」俺はタバコに火をつけて、誰にともなく言う。確かに使命感は感じたが、どうすりゃいいのかは皆目わかんねえ。
「さあなあ」とカズはまたギターを弾き始める。え? お前、そういうスタンス?
じゃあ、と雄大を見れば、不貞腐れたように黙ってウーロン茶をすすっているだけで、何一つ提案してきやがらねえ。
おいおい。おいおいお前ら。
そん時タイミングを測ったように扉が開いて、客が入ってきた。知らねえ顔だ。俺は仕方なく話を終わりにしてそちらの接客に回り、珍しくさらに続けて新期の客が来たりして、こうなるともう、カズや雄大とじっくり話すってわけにもいかねえ。
やがて雄大が用事があるからっつって席を立ち、また連絡しますと言い残して店を出て行った。カズはいつもどおり店の隅でギターをジャカジャカやって、どう見てもジョイントにしか見えねえ巻きたばこを吸いながら、酔っぱらってた。
まあ要するに、この日の話はグダグダのままで終わっちまったってことさ。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。