おやじパンクス、恋をする。#157
彼女はそう言って駅の方に歩き出した。
俺は近くのガードレールに腰掛けて、彼女の背中が遠ざかっていくのを見送った。
きっと彼女は振り返らず行くだろうと思っていたが、やっぱりその通り、彼女はその後ろ姿を、迷うことなく進めていった。
道路はゆったりと右にカーブしていて、俺は彼女の横顔すら見ること叶わず、ふと気付いたときにはもう視界から消えていた。
世の中に、なんで恋の歌が溢れてるか分かるか?
テレビで流れるような歌謡曲は全部、色恋の歌さ。
普段は一切用のねえ、ていうかむしろ嫌いで仕方ねえその手の歌だが、今はなんていうか、歌詞に歌われる「いとしい」とか「せつない」とかいう気持ちが、よく分かる。
なんか、嫌な感じだった。
梶さんに対する嫉妬、そんなはっきりした感情じゃねえ。
そうじゃなくて、なんていうんだろう、バカ丸出しを覚悟で敢えて言うなら、俺と一緒にいない彼女、それ自体が許せないような感覚。
俺と過ごしていない彼女が存在すること、そのあいだ彼女は俺じゃない別の人間と会って話して、笑ったり考え込んだり、あるいは買い物したりお茶を飲んだり、そういうのが嫌だと思うこの感じ。
……それに、雄大だ。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。