おやじパンクス、恋をする。#100
「ビールちょうだい、マサも飲んで」
彼女はテーブルに突っ伏すみたいにして、オーダーした。
カウンターの中にいる以上、俺は店主で彼女は客だ。客が酒よこせつったら、店主の俺が出さねえわけにはいかねえ。ましてや、奢ってくれるつってんだ。
「そら、ごちそうさん」
俺は、さっき自分でついだビールはシンクに置いて、新しいジョッキでふたつの生ビールを作った。
「お客さん、いないねえ。これでやっていけるわけ?」
彼女はぼんやりと、誰に向かってでもない感じで言う。いや、まあ、俺しかいねえわけだけど。
「儲けたいなら、こんな仕事やりゃしねえよ。ほら」
俺がビールを置くと、彼女はその凍ったジョッキと、その中に入った黄金色の液体をまるで宝石でも見るように眺め、そしてふふっと笑った。
俺は彼女からの乾杯を待たず、勝手にグラスを近づけてぶつけると、グイッと飲んだ。よく分かんねえけど、彼女とまっすぐに笑顔を交わして、いえーいとか言って楽しく乾杯するような気分じゃなかった。
一方で、酒へのモチベーションは上がり続けてた。
ガブガブ飲んで、酔っ払いたかった。
ああ、人はこういうとき酒を飲んだんだなあと変に納得しちまった。
なるほど確かに、こういう気持ちに応えられるのは酒だけなのかもしれねえな。
笑いや楽しさなら他のドラッグで増幅させることができるのかもしれねえけど、寂しさとか苦しさとか、悲しみみたいなネガティブな感情を、上手にほぐして適度な記憶喪失によって洗い流してくれる、そんな繊細な芸当ができるのは酒だけな気がする。
俺は乱暴に、ジョッキをあおった。さっき飲んだビールより、なんか苦くて尖った味。
「ああ、うまい」俺が言うと、彼女は眩しそうに笑う。そして言う。
「ちょっと飲んできたんだ。珍しく酔っちゃって」
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。