おやじパンクス、恋をする。#066
「勿体つけんなよ」
「いやよ、お前の言うように、確かにガキの頃はそういう感じ、父親みたいな感じだったよ。俺自身、梶さんと倫ちゃんは本当の親子だと思ってたわけだしな。けど、その最後に会った時な、高校の卒業式の時だよ、梶さんと倫ちゃんと親父は居間にいたんだけど、俺、チラッと聞いちまったんだよな」
「何をだよ」
カズはまた視線を落とした。
「倫子もやっと卒業した。これで女として扱える、そういう感じのこと」
「はあ? どういうことだよ!」俺は声を大きくしてしまう。何だよそれ。
「いやだから、分かんねえよ。だけどな、お前だから言うけど、つうか、お前が彼女に真剣なんだとしたら尚更言うけど、彼女が梶さんと、そういう関係だった可能性はゼロではないと俺は思うぜ。もちろん、そうじゃなかった可能性だってあるわけで、実際はどうだったかなんて俺には分かんねえけど」
「……」
「お前も知らねえ訳じゃねえだろ。そういうヤクザな世界、本物の極道じゃねえけど、それなりにツッパって生きてる男の世界で、女がどんな風に扱われてるか。ましてや彼女は、親の代わりに育ててもらったっていう恩がある。梶さんに求められたら、無碍にはできねえんじゃねえかな。で、これは俺の感覚だけどな、正直あのオッサンなら、そういうことしててもおかしくねえと思う。結婚してたけど、何人も愛人がいるって話だったし」
「……」
俺を気遣って控えめな表現にしてくれてはいたが、彼女がその梶さんって人と「そういう関係」だったと、カズがほとんど確信しているってことは伝わってきた。
地元のライブハウスで知り合って二十年以上一緒にいるんだ、相手が何を考えてるかなんて嫌でも分かっちまう。
カズは俺の恋愛を、久々の「本気の恋愛」を応援しようと思いながらも、いや、そう思うからこそ、彼女がそういう複雑な環境の中で育ってきたこと、そして、今回の”恋敵”がなかなかに手強い爺さんだということを、伝えようとしてくれているんだ。
いろんな感情が頭の中でグルグルした。嫉妬、怒り、不安。カズに対する友情。そして、彼女に対する妙な使命感。
俺は黙ってビールを飲んだ。それまでスルスルと喉を落ちていっていたそれが、急にスライムを飲み込んでいるみたいにネバネバしたものに感じられた。
食道の内側に小さな刺がたくさん生えてきて、スライムみたいなビールをカリカリと引っ掻いているような感じ。俺はグラスをテーブルに置いて、ため息を付いた。自分が今にも泣き出しそうな、あるいは突然ブチ切れそうな表情をしていることは分かってた。まったく、ほんと感情を隠せねえ男だよな。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。