
おやじパンクス、恋をする。#138
その向こう側に繋がっている彼女の顔を想像して、浮かぶのはやっぱりあの日撮影した写真の中の笑顔で、だけど今は、その姿にダブる感じで、こないだ雨の中ずぶ濡れで現れた姿、珍しく感情的になって雄大を心配する姿、そしてなぜか、さっき会ってきた梶さんの姿までもが、見えるのだった。
俺は通話ボタンを押した。
三四回呼び出し音があって、彼女は出た。
「やあ」
別段驚いてもない風の、彼女の声。少しハスキーで、でもどこか懐っこい声。
「悪いね、こんな時間に。起きてたか?」
「まあね。外見てたよ。レストランはもうやってないけど」
彼女の住むあのワンルームからの景色を想像した。だけど、変だな、どうしてもレストラン側から彼女の部屋を覗いてるアングルになっちまう。
まあ、そんなことはいい。
俺はすっと息を吸い、「梶さんと会ったよ」と言った。
なんとなく電話の向こうで、彼女が目を閉じたような気がした。
「雄大から連絡があって、病院に行ったんだ」
彼女は数秒間黙って、そして、「そっか」と言った。
「ああ。イカした爺さんだった」
「そりゃね」
梶さんと彼女の関係を知った今、その「そりゃね」にはいろんな感情が含まれてる気がした。
彼女はいま笑っているのだろうか。俺はこのまま、話を続けていいのだろうか。
雄大を前にした時は、こいつが姉さんに近づくなと言うならその通りにしようと本当に思った。いや、それは今でもそう思ってるんだけど。
でも、なんだろうな、俺にはもう、迷いなんてなかったんだよ。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。