おやじパンクス、恋をする。#071
「で、今回お前から頼まれて俺が聞いただろ? 美樹本さんがあらためて梶商事のことを調べてみたら、なんとまあ、ものすごく好業績になってるじゃねえかと。そりゃあもう、昨対百五十パーセントとかのレベルよ」
「サクタイ?」と俺。
「去年に比べてってことだよ。とにかく会社の状況がガラッと変わってた。だけど美樹本さん的に、なんていうか、ちょっと怪しいなと思ったんだと。あまりにも急激に良くなり過ぎじゃないかってな。で、美樹本さんはちょっと本格的に調べてみようってことで、従業員とか外の専門家とかを使って、梶商事の内情を洗い始めた」
「すげえな、なんかドラマみてえな話だ」俺はサスペンスを見てるような気分になりながら、言った。
「んなことねえよ。取引の前に相手の会社のことを調べるなんて当たり前だ」
「そ、そうなの?」ビビる俺。俺も誰かに調べられたりしてるんだろうか。
「とにかく、いろいろ調べた結果、業績に関しては、別に怪しいとこはなかった。実際に、儲かってると。だけど、なんか、梶商事の評判がすこぶる悪くなってんだな。これは、客からもそうだし、業界内でも」
「なんでだよ。何したんだよ」
「ま、不動産業界じゃベタな話ではあるんだけど、強引な立ち退きをやったり、ヤクザまがいの嫌がらせをしたり、汚ねえ懐柔策をとったりよ、まあそういう感じさ」
「ああ、Vシネとかでよくあるやつだな」
「そうそう、悪役側がやるやつな。でも、おかしいんだよ」
「なにが」
「美樹本さん曰く、まあこれは俺も意外っちゃあ意外だったんだが、梶さんっつうのはそういうの嫌いらしいんだな。かなり誠実な、まっとうなビジネスをする人なんだと」
「ほー」
「まあ、豪快な人なのは間違いねえし、跡取り息子を前に言うのも何だけど女関係も派手だったし、だけど仕事に関しちゃ、色んな意味で筋を通す人なんだと。だからこそウチの親父も兄弟分みたいな間柄で長くつきあってたんだ」
「なるほどなあ」と俺。
確かに、あのカズの親父が悪代官みてえなクズとつきあうとも思えねえ。逆に言えば、梶さんという人はそれだけ筋の通ったおっさんだということになる。
「な? 梶さんがそんな乱暴な仕事をするはずがないし、これは何かおかしなことが起きてるぞってことになった」
「でも、おかしなことって、何なんだよ」
話がだんだんわかってきた俺は、先が知りたくて仕方がねえ。カウンターから顔を突き出してカズに迫った。
「ま、それはコイツから説明してもらうよ。つうか、そのために連れてきたんだから」
カズはそう言って、隣に座っているバカ、なんだっけ、そう、雄大の肩をポンポンと叩いた。そしてもう自分の仕事は終わったとばかりに、店の隅っこに置いてあるボロギターを手に取ると、挟んであったピックでジャカジャカとでたらめなリフを弾き始めちまった。
俺は何となく、雄大と二人きりで居酒屋の個室にいるみてえな妙に気まずい感じになって、昨日の酒が全然抜けてねえ最悪の状態だったが、自分用にビールを注いでぐいと煽った。
「で、何があったんだよ? 跡取り息子さんよ」
俺はぶっきらぼうに聞いた。何て言うか、今更態度を変えるのも変だしな。
雄大はチラリと俺の顔を見ると、またうつむいた。
こないだ見た時よりもさらにガキンチョに見える。最初にあの道路で派手な∪ターンをかましてた時、女がどうのってバカ丸出しで話してた時とは、だいぶ印象が違う。
雄大は小さくため息をついた。面倒だなあ、面倒なことを考えるのは嫌だなあとかいう声が聞こえてきそうなため息。
「簡単にいえば、乗っ取り、です」
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。