おやじパンクス、恋をする。#098
エロ本見てるのを見つかったみたいに、俺は「うわっ」と驚いて、iPhoneを隠しながら振り返った。扉が三十センチくらい、開いていた。
俺はまず、外が土砂降りになってることに驚いた。さっきまで小雨だったのに、ざあざあ降ってやがる。扉を開けたのは女で、傘を持ってねえのか全身ずぶ濡れ、長い髪が貞子みてえに顔を隠していて、誰だか分からねえ。
けどまあ、誰だろうとうちの客だ。客席でのんびりしてる場合じゃねえ。
「らっしゃい」
俺は言って、イスから立ち上がった。女はそして濡れた髪をかきあげて、こちらを見た。髪の束がまだ頬に張り付いていて、まだホラー的な雰囲気は残ってたが、顔はよく見えた。
彼女だった。
「やあ」
彼女はそう言って、眠たそうな目で笑った。
「ずぶ濡れじゃねえか」
不思議と落ち着いていた。俺はカウンターの脇、人一人しか入れねえ通路を通って厨房に身体を滑り込ませると、バスタオルを一枚取って、戻った。
バーやってるとこういうことはよくある。まあ、誰がずぶ濡れになろうが知ったこっちゃねえんだが、俺の店を水浸しにされるのは嫌なんでタオルは常に用意してある。
「ほら、拭けよ」
タオルを投げてやると彼女は上手に受け取った。
そして素直にそれで頭やら肩やらを拭いた。
俺はそれをただ黙って見てた。
思えばこの日、俺は音楽すらもかけてなかった。
分厚い扉の内側では、激しい雨の音も全く聞こえない。彼女の髪の先端から雨粒がぽたぽた落ちる。変に静かな空間だった。そこに彼女がいることが不思議だった。
だけど、誓ってもいいが、俺は落ち着いていた。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。