おやじパンクス、恋をする。#129
変な顔だった。
変に無表情なんだ。
「よお、来たぜ」
俺は近づいていって雄大の前に立った。何となく、隣に座る気にはならなかった。
自分が見下ろしてるこの丸っこい輪郭の男が、助けるべき相手なのか、戦うべき相手なのか、決めかねているような感じ。
いや、戦うべき相手ってのは変だが、彼女の心配した顔、それにさっきタカから聞いた話なんかが、雄大に対して何らかの印象を貼り付けちまった感じはあった。
「遅かったですね」
雄大は責める口調で言って、それでも俺の反応を正面から受ける気はねえようで、さっさと薄暗い廊下に向かって歩き始めた。
「よお、待てよ」
俺が言うと雄大は振り返らずに足を止めた。
「お前、そりゃねえだろうよ。一時間も掛けて来てんだぜ」
雄大はそのままの姿勢でしばらく黙っていたが、何かブツブツ言って、それから振り返った。
「親父が待ってるんです。知ってるでしょう。親父にはもう、あんまり時間がないんですよ」
雄大は例の変な顔で早口に言うと、行きましょう、と言ってまた歩き始めた。
俺はその後ろをついていった。それなりに開けた雰囲気のナースステーションや待合スペースでは感じなかったが、暗く狭い廊下を奥へ奥へと進んでいくと、ここがかなり古い病院だということが分かった。独特の圧迫感がある。
暗い中でも雄大の赤いポロシャツは不気味に目立った。というか、俺はそのとき初めて、雄大がスーツじゃなくてポロシャツにチノパンってカジュアルな服装をしていることに気付いたんだ。曜日感覚のあんまりねえ俺だが、今日が木曜だってことは分かってた。雄大の野郎、今日は仕事が休みだったのか?
1113号室はかなり奥の方にあった。
雄大はノックもせずに扉を開けた。
中から黄色っぽい光が漏れて、花瓶と置き時計が最初に見えた。
あらためて考えれば、イカれた状況だった。
俺は梶さんにこれまで一度も会ったことがない。雄大とだって別に仲良しなわけでもねえ。
片道一時間も離れた病院に、それもこんな時間にノコノコ現れて、俺は一体どんな顔をしてりゃいいんだろう。
「どうぞ」
雄大が扉を全開し、俺を促した。俺は明るいその病室に、雄大の前を横切って、つまり雄大よりも先に、入ることになった。
部屋は思ったより狭く、だが個室だった。正面にカーテンのかかった窓があり、その脇に背中を持ち上げたベッドが置かれている。
その上で、あぐらをかいた老人が一人、ぷかぷかとタバコ吸ってやがった。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。