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【小説】 愛のギロチン 21
21
「な〜にをのんびり話し込んでやがるんだよ!」
まったくこの人は、いちいち文句を言わないと死んでしまうのだろうか。しかし、大股で歩いてくる大貫の表情は明るい。自分の仕事が注目されるということが嬉しいのかも知れない。あるいはーー
あるいは大貫は、今回の採用案件が成功すると思っているのではないか。その期待感が顔に出ているのではないか。
俺は胃が重くなるような感じがした。
もちろんクライアントは、採用が成功すると思うから求人広告を買う。失敗するとわかっていて金を出す人は多くない。
しかし一方で、採用成功の難易度が上がり続けているのも事実だ。きっと大貫は、この採用案件がどれほど難易度が高いか理解していないのだ。
あまり期待しないでくれ、思わずそんな本音が漏れそうになる。
「早く現場に来いよ、いろいろ見せてやっから」
遠足に来た小学生のごとき表情で大貫が言う。
「いや、あの、もうちょっとだけ社長と話を」
「あん? こんなやつとなにを話すことがあんだよ」
「いや、だから……採用条件の話とか」
咄嗟に出たが、嘘ではなかった。俺の仕事は採用成功、いや、身も蓋もない言い方をすれば求人広告の作成だ。そこには必ず採用に関する必要情報が含まれる。
会社の場所、給与の金額、福利厚生、そして、応募資格。
「今回の採用は、大貫さんの跡を継げるような人ですよね。どんな人だったらそれができそうですか?」
大貫と昭一を見比べながら聞くと、大貫が吠えるように言う。
「どんな人ってお前、根性があって真面目で男気のあるやつなら、誰だっていいんだよ!」
俺は思わず頭を抱えそうになる。「根性」も「真面目」も「男気」も、このご時世ではほとんどNGワードである。そもそも明確な定義のない言葉だし、「男気」に至っては、男女雇用機会均等法が施行されたいま、原稿内に使用することもできない。
俺は助け舟を求めるように昭一を見る。
「……技術的な経験とか資格とかはなくても大丈夫なんですか」
苦笑いを浮かべた昭一が口を開こうとすると、「んなもんいるか阿呆!」と大貫の声が割り込んでくる。
「俺が本気で教えりゃ、どんな奴だろうが半年で一人前だ。舐めんじゃねえよ」
ああもう、黙っていて欲しい。テレビの音量をゼロにするように、大貫の声だけしばらく消してしまいたい。
そんな俺の耳元で昭一がこっそり言う。
「こういう指導に半年耐えれるか、ってのが問題なんです」
「ああ……」
「なんだとこの野郎、そんな腰抜け野郎はこっちから願い下げだ!」
聞こえていたらしい。
その時、どこからか別の社員が駆けてきて、大貫を呼んだ。
「なんだ! 俺はいま忙しいんだよ!」
「いや、ちょっとあれ、動かなくなっちゃって。おやっさんじゃないと直せなさそうなんで」
「くそう!どいつもこいつも使い物にならねえ!」
大貫はそう吠えながらも、頼られるのは嬉しいのか「しゃあねえなあ」と言いながら社員についていく。去り際、俺と昭一を指差して「いいか、男は根性だ!」と言い捨てた。
嵐が過ぎ去り、あたりは急に静かになった。
「ふう」
思わずため息を漏らすと昭一は愉快そうにクスクス笑った。思わずそちらを見ると、昭一は遠ざかっていく大貫の背中を嬉しそうに見つめながら言った。
「でもね、実際そうなんです。大貫さんのやっている仕事は、1日2日でマスターできるもんじゃないから」
つづく(近日公開)