箱蔵剣の一句鑑賞
KADOKAWA「俳句9月号」より
あめんぼにあめんぼが嗅ぐ如く来る
岸本尚毅(天為•秀)
上五の「あめんぼに」の「に」は解釈が難しい。句末の「来る」にかかっているようには思える。
そうすると「あめんぼに来る」の中に
「あめんぼが嗅ぐ如く」が入っている。
中七以降の
「あめんぼが嗅ぐ如く来る」
だけを取り出してみても、理解は出来るがやや不自然な形。
ためしに中七の「あめんぼが」までを一塊として読む。
「あめんぼにあめんぼが」とすると後は
「嗅ぐ如く来る」。
こうするとすんなりと理解出来る。
初めは上五の「あめんぼ」が「来る」の主語であったと思ったが、
主語は中七の「あめんぼ」の方だ。
雌雄の「あめんぼ」だろうか。フェロモンに吸い寄せられたか。「あめんぼ」は確か「カメムシ」の仲間。甘い匂いがすることから「あめんぼ」と言う名がついたと聞く。
庭の水鉢に「あめんぼ」がおそらく飛来する。掲句の末の「来る」であるのは「飛来」の感じがする。
水面を平行移動しているよりも何か勢いを感じるが、それは分からないし分かる必要もない。読者に響きを与えるのが句だ。
無限にいる小さな同類の中で、この二匹が引き寄った瞬間を見た。水面には妙なる空が敷かれてある。命の営みへの寿ぎの歌である。