箱蔵剣の一句鑑賞
KADOKAWA「俳句9月号」より
廃屋が見え緑蔭にパンを食ふ
岸本尚毅(天為•秀)
季語は「緑蔭」。
「緑蔭にパンを食ふ」状況とは、どんなときだろう。俳句の仕事での旅先か。
慌ただしさの中にある寛ぎ、
そしておそらく一人である。
みんなで一緒に緑蔭ベンチに腰掛けパンを食べることが、
学生時代にはあるかも知れないが、
調べとしても一人の穏やかさがある。
パンもコンビニで買ったものが似合う。パッケージのビニールは快く切れ、
甘味料の効いた小麦の塊をもさもさと口にほぐす。
最初の一塊が胃に落ちた時、夏の昼に亡霊のように佇む「廃屋」を目にする。
その時初めて、自分がパンを食べていることに気がついた。意識もせず、飢えを凌ぐために自然とパンを買い緑蔭のベンチで涼を取り体を休ませる自分を見た。
廃屋は自然に生きる力が尽き、生かされている時期を終わっている。自然かつてそこにあっただろう賑わいを思う。そこにあっただろう喜怒哀楽を思う。
廃屋は深い陰影を刻んで炎昼を揺らめかせている。
「緑蔭にパンを食ふ」
この中にある豊かな時間の尊さを改めて噛みしだいている。