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企業理念2.0 実践編① 企業理念2.0企業をつくってみた

2012年11月18日発行 ロウドウジンVol.5 所収

 商号──それは自社と他者を区別するユニーク(唯一)な識別子。固有名に関する議論といえば、バートランド・ラッセル~クリプキの議論が有名だ。端的にまとめると、固有名詞は個体の本質ではなく、本質はその様々な要素(確定記述)の束である。しかし、確定記述をどれだけ積み重ねても、その個体には漸近するだけで辿りつけない。最後に必要になるのは固有名(固定指示子)である。固有名で名指されることによって、個体は個体としての境界ある姿を維持できる。それは企業とて同じことである。

 一方で、理念を含む現実というものは、言語では決して語り得ないものである。プラトンにおけるイデアであれ、カントにおける物自体であれ、本質は言葉では表現できない。しかし、人間は言葉でしか現実を語ることができないという逆説的な事実もある。

 企業がさらされているビジネス環境の変化は大きい。フレキシブルに対応しながら、コアコンピタンスをもとに広範囲な事業分野に展開していくことが、企業の持続的な発展に肝要である。そのためには、それ相応の商号と企業理念が必要となる。

 実は社名にコア事業名が含まれているケースは少なくない。たとえば自動車メーカは○○自動車(トヨタ自動車など)という商号が多い。しかし、コア事業を手放さなければいけなくなった場合、そのような商号は脆弱だ。だがIBM(インターナショナル・ビジネス・「マシーン」の略。ハードウェアからソフトウェアにコア事業を乗り換えた経緯がある)のような例もある。ただし、予防保全的な意味においても、抽象度の高い商号は高い汎用性を有する。

 企業理念の話に戻ろう。企業理念は、いわば確定記述のようなものである。しかし、確定記述をどんなに積み上げていっても、その企業(の本質)には到達できない。しかも環境や経営方針の変化によって、企業理念はどんどん変わっていく。環境の変化に対応できない商号と、追従ゆえに空転する企業理念。この相反する二つを統合させるというのが、われわれ反社会人サークルからの提案である。

 すなわち、商号を企業理念にするのだ。

 企業「理念」はそもそも言語に還元できる性質のものではないのだが、あえて言語を用いている。ジャック・ラカンの言葉を借りれば、商号は想像界(漠然とイメージできるが、正確な描写は困難)であり、企業理念は象徴界(言語活動)だと言える。象徴界に囚われている企業理念が限界を迎えているのは、構造的な問題なのだ。企業理念には、いわば想像界から象徴界へのアップデートが求められている。つまり企業理念を廃して、商号=企業理念にしてしまうことで、企業理念は言語の束縛から解き放たれる。

 そのようなアイディアのもと、実際に企業理念2.0を実装する目的で設立された会社がある。商号は「僕の株式会社は未来をつくる」だ。その設立エピソードは示唆に富んでいるが、残念ながら余白が狭すぎる。登記簿謄本と社印を掲載するが、その存在感は圧倒的である。これが企業理念2.0の実装例だ。

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法人登記簿謄本。確かに商号が「僕の株式会社は未来をつくる」になっている。商号変更の際、法務局窓口担当者は「本当に(中株で)良いんですよね?」と何度も確認したらしい

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代表者印(丸印)および角印。至るところに捺して回りたいグッドデザイン。

 ちなみに同様のアイディアは一部業界でも進みつつある。政党名の分野では「国民の生活が第一」がある。またライトノベル業界でも類似の事例がある(『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『中二病でも恋がしたい』など)。

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