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小説丨執着

第一話:妄想

もしかしたら、この関係は最初から純粋なものではなかったのかもしれない。

20xx年5月12日

ジェイ、僕たち別れてから今日で4日になる。

この3日間、僕はまるで生ける屍のようだった。どこにも落ち着く場所を見つけられず、ただ茫然と彷徨っている。

あの夜は僕のコンサートの日だった。君のために一番良い席を取っておいたのに、君は来なかった。

コンサートの途中、短い休憩時間に、君から何度も電話がかかってきていたことに気づいた。

折り返し電話をすると、君の声は冷たかった。あの夜、4回も電話したと言ったね。

僕のデビューコンサートだということを忘れているようだった。そして、他の話を始めた。

ジェイ、分かっているかい?あの瞬間から、僕が歌った曲は全て酷いものになってしまった。音程は外れ、観客の中には不満を示す人も出てきた。

最後には、一行も歌えなくなってしまった。

何も集中できなかった。心の中で火が燃えているようで、胸が締め付けられるように痛くて、マイクさえも上手く持てなかった。

君は疲れたと言った。無意味だと言った。もう話したくないと言った。

一ヶ月も会っていないから、この関係には情熱が欠けていると言った。

そして、君は言った。「ショーン、別れましょう」

この言葉がこの数日間、僕の頭の中でずっと響いている。夢の中でも、君は冷たく「別れましょう」と繰り返す。

君の美しい瞳は相変わらず輝いていたけれど、僕を見る目には温かさがなく、ただ疲れだけが浮かんでいた。

あのコンサートで、僕は最後まで歌えなかった。

ファンに謝罪し、個人的な事情で続けられないと伝えた。

会場は騒然となった。

その日、僕はSNSのトレンドになった。

見なくても分かる。ネット上のコメントは全て失望と悪意のある嘲笑で溢れているだろう。でも、もうどうでもよかった。

一番愛する人に捨てられ、僕の生きる世界は崩れ落ちてしまった。

ジェイ、君に言わなかったことがある。あのコンサートの曲は全て君のために書いたものだった。

君がそこにいてくれたら、後悔や喪失感を感じたかもしれない。でも、これは君に贈りたかったプレゼントで、完璧な形で披露したかったんだ。

でも、君は僕をもう必要としていない。あの時の絶望感に勝るものは何もない。

このプレゼントまで壊したくなくて、最後まで歌い切りたかった。

でも、できなかった。

ごめんね、ジェイ。君への贈り物を台無しにしてしまった。全てを壊したのは僕なんだ。

20xx年5月20日

今日は特別な日かもしれないし、そうでないかもしれない。

ジェイ、君には聞こえないだろうけど、それでも言いたい。愛している。

本当はメッセージを送ろうと思ったけれど、スマホに赤いビックリマークが表示されて、何日も前からブロックされていることに気づいた。

僕たちのチャット履歴を、2年前に初めて出会った時からスクロールしてみた。

あの頃の君は活発だった。後になって「わかった」とだけ返信する君とは違っていた。たくさんのメッセージを送ってくれて、君の日常を話したり、小さな不満を吐露したり、美味しい食べ物を紹介してくれたりした。

君の優しさに戸惑いながらも、僕はチャットが得意ではなかった。何か場違いなことを言って、君に笑われたり、見下されたりするのを恐れていた。君のメッセージ一つ一つに丁寧に返信し、言葉を選びながら、短くまとめていた。

君の機知と魅力は本当に素晴らしかった。良い教育を受けてきたことがよく分かった。会話の中で、裕福で愛情深い家庭で育ったことを知った。富、家族… 孤児院で育った僕には、夢のような世界だった。

僕はあまり本を読んだことがないし、友達もいなかった。

君の生きている世界、僕の憧れる世界を羨ましく思い、君が僕と話したいと思ってくれたこと、友達でいてくれることが嬉しかった。

この好意がいつ愛情に変わったんだろう?

思い出せない。

もしかしたら、この関係は最初から純粋なものではなかったのかもしれない。

今日は雨が降っている。窓ガラスに雨粒が当たる音がする。

君のために曲を書いたよ、ジェイ。

この曲の名前は「永遠の愛」

20xx年5月31日

ジェイ、君に良い知らせがある。

君のために書いた曲がヒットしたんだ!

今、街のいたるところでこのメロディーが流れている。世界中の人が、君への僕の愛の告白を聴いている。

なんて素晴らしい気分なんだろう。

ジェイ、僕たちが初めて出会った日のことを覚えているかい?「オーロラ」という小さなバーで、僕はただの無名のリードボーカルだった。ベーシストのワイルドな格好良さも、ギタリストのハンサムな魅力もなかった。

ステージの中心に立っていても、僕は一番地味で、他のメンバーの輝きに埋もれていた。

曲が終わり、ハンサムなギタリストが君にバラの花束を渡して歩み寄った時、みんなが歓声を上げていた。

君は一番目立つ席に座り、まるでスターのように周りを囲まれていた。僕が君を初めて見たのはその時だった。君の美しさに心を奪われた。

君のそばでは、他の全てが色褪せて見えた。

ギタリストが君に何を言ったのか、覚えていない。薄暗いステージの上で、僕は暗闇に身を潜め、光を求めていた。

あの時、ギタリストのことをひどく羨ましく思ったことを認める。彼は魅力的で才能があり、難なく君への想いを表現していた。

それは、僕が決してできないことだった。

僕は影の中にいるべき存在で、外の世界の光を覗き見ることしかできないのかもしれない。

でも、予想外のことが起こった。

君はギタリストの真摯な告白を無視して、まっすぐ僕の方に歩いてきた。

まるで突然スポットライトを浴びたような気分だった。初めて、みんなに注目された。その感覚にパニックになり、逃げ出したくなった。でも、それ以上に強い感情が込み上げてきた。喜び、そう、喜びだった。

僕たちはまるで平行線のように、僕の暗く平凡な人生は、君のスポットライトを浴びた人生と交わることはないと運命づけられていた。

なのに、君は僕に近づいてきてくれた。僕の暗い人生の先に、鮮やかなオーロラが突然現れ、僕は驚きと喜びで胸がいっぱいになった。

君は僕に言った。「素敵な歌声ですね」

あの時の君の瞳の輝きを、僕は決して忘れない。バーの薄暗くムーディーな照明の下で、君の瞳は春の小川のように澄んでいて、色とりどりのガラスのように美しかった。

あの日から、ステージの中心に立って歌う時、光に晒される不安は消え去った。かつて憧れと恐怖を感じていた輝きは、君の励ましによって、温かい鎧へと変わった。

でも今、ジェイ、君は僕を置いて行ってしまった。僕の光を奪って。僕は暗いどぶ鼠のように、光を恋しく思いながらも、同時に恐れている。

以前よりも臆病になってしまったのかもしれない。もう人前で歌うことはできない。でも、作品はネットに公開し続けるつもりだ。だって、ジェイ、これは君のために書いた曲なんだ。街のいたるところでこの曲が流れているなら、いつか君が街角を通り過ぎるとき、このメロディーに隠された愛を感じてくれるかもしれないから。

―― to be continued


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