映画 「滑走路」
2020年に公開された萩原慎一郎の遺作 「歌集・滑走路」に基づいたオリジナル映画。
公開した時、近くの劇場でやっていなかった為惜しくも観ることが叶わなかったけれどやっと鑑賞する事が出来た。
非正規雇用やいじめを題材にしたこの120分間はリアリティの高い演出と脚本で私は目を逸らすことも、何からも逃げる事が出来なかった。
・中学生のいじめ
虐められている幼なじみの裕翔(池田優斗)を助けた学級委員長(寄川歌太)はターゲットになってしまい虐められる事になる。
委員長は母子家庭であり、親に虐められている事を打ち明けられず1人抱え込んでしまうが、「前に進もう」と頑張っていた。
が、裕翔は委員長に「俺が学校に行けなくなったのもお前が俺を助けたから。全部お前が悪い」と叫び突っぱねてしまう。
いじめは被害者の心に深く深く傷を残し
それはカッターナイフで切られた紙のように
綺麗に元通りには戻る事は出来ない。
けれどいじめはこの世から無くすことが出来ない。
私自身も、とある事で同級生にいじめられていた過去がある。理由は「1個上の先輩と仲が良いから」という嫉妬心からだった。
その先輩とは何年もの付き合いで仲が良いのは私の中では当たり前の事だったのに。
机と女子トイレに名指しで「〇ね」と書かれたことは今でも鮮明に覚えているし心の傷にもなっている。親に相談するという手段は私の中には無かった。なぜなら自分の親でさえも恐怖の中の1人に過ぎなかったから。
「嫌われたくない」「見損なわれたくない」「心配をかけるわけにはいかない」と。
学級委員長が親に相談しなかったのは
このような心情があったからなのかもしれないなと想像でしかないけれどそう思った。
そんな中、委員長は同級生の天野(木下渓)に安らぎを感じる。
天野はプールに落とされた委員長のカバンを取るために自分までもがずぶ濡れになりながらも拾い渡す、絵の上手な女子生徒。
ある時、委員長は廊下に飾ってある天野の絵をカッターナイフで切り刻んでしまう。
後日、天野が父親の都合で引越しをしてしまうと知った委員長は夜の学校に忍び込み絵を取りセロハンテープで元に戻そうと試みる。
空港に向かう天野を委員長が自転車を漕いで
追いかけ、「何を選んでもみどりを嫌いにはならない」と叫ぶシーンは目に涙が溜まった。
車から降りてきてしまった天野に委員長は
持っていた直した絵を見せ「綺麗に戻らなかった……」というと「あげる。」と天野は言う。
この純粋な恋は……めちゃくちゃ好きだ←
・非正規雇用
厚生労働省の若手官僚であり
非正規雇用と向き合いつつ自身の過重労働に苛まれる鷹野(浅香航大)
鷹野はある時、NPO法人から非正規雇用で自死した人達のリストが送られてくる。
その中で自分と同じくらいの年齢で自死した男性に興味を持つ。
調べたところその男性は中学の頃、いじめを助けてくれた友人だった事を知る。
鷹野は友人が自死した原因を調べる。
調べに調べ追求していくと友人は非正規雇用という理由だけでなく、中学の頃にあったいじめのトラウマに苛まれていた事を知り、自分のせいなのだとショックを受ける。 友人の実家へと足を運ぶ鷹野。
線香をあげ、友人母に当時その友人から盗った中学2年の数学の教科書を渡す。
「やっと自分を認めれるようになったのに、昔みたいに戻るのが怖かったんです。本当にすみませんでした」と友人母に謝罪する鷹野。
それに対して「忘れずに、貴方は生きるの。(中略)悪いわね、忘れてって言ってあげられなくて。」と友人母は涙を流す。
凄く胸が痛くなりました。
この非正規雇用…というより労働や人間関係に関して歌集・滑走路の中で私個人的に好きな詩は
夜明けとは ぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから
・夫婦、家族のあり方
切り絵作家としてキャリアは積んでいるがなかなか伸びない翠(水川あさみ)。
夫の拓己(水橋研二)は優しいが「翠はどうしたいの?」と会話にならない発言ばかりで翠は違和感と不信感を抱いていく。
とある女性に「自分の夫の子供、欲しくない?」と問いかけられる。
そんな中、翠も妊娠をする。
「産むか堕ろすか……」翠は中絶を決断した。
夫に「赤ちゃんね……堕ろした。貴方の子供だから」と告げる。
鷹野と翠の共通点としては側から見れば「安定」しているように見えるがその内面を見ると平穏でも安定しているわけでもない事実が痛く重く私に向かって飛んできた。
この映画の軸は「いじめにあっている・過去にいじめを経験している」という事。
さらに社会構造や雇用形態による労働者問題について考えさせられる時間でもあった。
この映画の最後にテロップでうつされる
ひとつの詩がある。
きみのため用意されたる滑走路 きみは翼を手にすればいい
人それぞれ用意された滑走路はある。
自分が飛び立てる翼を手に入れるも手放すも全て自分次第だと言われているような気がした。この三十一文字に込められた萩原慎一郎さんの言葉は私に重くのしかかってくるものがある。
この映画に出会えて、鑑賞する事が出来て
凄く嬉しく感じた。
滑走路の歌集を読んだことは何度もあるけれど小説がある事は初めて知ったので今度購入してみたいと思います。
ここで私が歌集・滑走路の中で個人的好きな詩を幾つか紹介させてください。
今日という日もまた栞 読みさしの人生という書物にすれば
破滅するその前にも美はあるぞ 例えば太陽が沈むその前
そして1番好きな詩はこれ。
今日という日を懸命に生きてゆく蟻であっても僕であっても
エンディング曲のSano Ibukiさんの「紙飛行機」という曲もなんとも余韻の引き摺る曲ですので是非聞いてみて欲しいです。
本当に素敵な映画です。皆さんもぜひ。