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落語「死神」とグリム童話の「名付け親になった死神」

【三遊亭圓朝作 グリム童話原作と言われる落語「死神」 友人(自称「参游亭圓羽」師匠)による再現】

この噺に出てくる死神は可愛らしいものではなく、かと言って西洋の御伽噺にあるような黒いフードで鎌を持って、なんてのも出ない。
じゃあどんな死神かと言いますと……これは噺を聞いていただくのが早いかと思いますが、死神に限らず日本という国には良くないことだろうが神様がいるもんですな。死神の他、疫病神に貧乏神、地域によっちゃ餓鬼のことをひだる神なんて言う場所もある。中で1番マシなのは貧乏神かと思いますが、これだってあまり交際を結びたいようなナニじゃございませんな。

ーおぅ、おぅ待ちなよ。
ー……(胡散臭そうに)馴れ馴れしいな、俺ぁおめぇみてぇな汚ぇ爺に知り合いはいねぇよ。
ーそう邪険にするなぃ。俺とおめぇは古い付き合いじゃねぇか。
ー何ぃ? お前さん誰だよ?
ー俺ぁ貧乏神だ。
ーは!?
ーこれからおめぇの家へ行こうと思ってんだ、ついでだから一緒に行こうぜ。
ー冗談じゃねぇ! おめぇのせいだないくら働いても金が貯まらねぇのはっ。ついて来んじゃねぇっ、俺ぁ駆け出すからな、ついて来るなよ!

奴さん夢中になって駆けてまいりまして……。

ーはぁ、はぁ……ここまで来りゃ大丈夫だろ。
ー随分と苦しそうだがどうした。
ーへ? おぉ……こりゃまた随分と物持ちそうな……どちら様で?
ー分からんのも無理はない、しばらくご無沙汰じゃったからな。ワシは福の神じゃ。

ー福の神っ? しめた、この方にお越しいただけりゃウチは大繫盛だっ。どちらへ行かれますんで?
ーあぁ、今お前の家から出てきたのじゃ。

この男は今年も運が無さそうですが……。しかし噺の登場人物を見てみますってぇと、こんな風に貧乏神に見込まれちまってるなんて人が随分といたようで。平生は貧乏神に好かれてるなんて笑ってりゃ良いんですが済まないのが節季……年に4度ある支払いの時ですな。この時に支払えないってぇと店からも睨まれる、金策の出来なかった亭主なんぞは随分と肩身の狭い思いをしたようで……。

ーどうしたんだよ、何をそんなとこ突っ立ってんだい。
ー……。ー俯いてどうしたんだよっ、お前さんの家なんだから堂々と上がって来りゃ良いじゃないか! お上がりよ!
ー……い、言われなくなって上がらぁな、俺の家だ……。
ー(上がろうとするのを止めるように鋭い目と声で)あ、ちょいとっ。……上がんのは勝手だけどね、だけどお前さん、おあしは出来たのかい?

(苦虫を噛み潰したような顔で)
ーおあしぃ? 銭なんざ出来ねぇよ。
ー出来ない? じゃあ何かいお前さん、1日中歩き回ってこれっぽっちのお金も用立て出来なかったのかいっ? 呆れたっ、よくそれでノコノコ帰ってこられたねぇ! 良い歳をした男の癖してロクに働きもしなけりゃ満足にお金を用立てることも出来ない、そんな男はね、生きてたってしょうがないから死んでおしまいっ。豆腐の角に頭ぁぶつけて死んじまいな!!
ー(ビクッと肩をすくめ)よ、止せやい……豆腐の角なんざ、そんなもんに頭ぶつけたところで死ねねぇよ。
ー死ねるよっ、死ねるさお前さんみたいな男ならね! ザマァ見やがれこの穀潰し!
ーっ、うるせぇこの野郎!! 金ぇ工面すりゃ良いんだろっ、行ってくるよ!
ーったく……何なんだあの女ぁ……。仮にも亭主に向かって豆腐の角に頭ぁぶつけて……クソッ面白くもねぇ……。金ぇ工面するったってアテはねぇしなぁ……友達は皆愛想尽かしてどっか行っちまうし、出入り先はとうにしくじってるし……こんな情けねぇ思いするんなら生きてたってしょうがねぇかなぁ……嬶の言うように本当に死んじまおうか……。

ーそうだ、死のう。生きてたって情けねぇ思いするだけだもんな、死んじまおう。(目尻の涙を拭い)
ーどうやって死のうかな……石でも抱いて大川……駄目だ、俺ぁ泳げねぇんだ。ガキの時分に井戸へ落っこちた時は酷かったね、水をガバガバガバガバ飲んで……あんなに苦しい思いするんなら生きてた方が良いや。(フッと見上げて)
ー枝振りの良い松の木があるなぁ……そうだ、ここからぶら下がって死のうか。その方がアッサリしてて良いな、そうしよう。……しかし弱ったな、俺ぁ首吊りなんてやったことねぇから、どうやったら良いのか……。
ー……教ぇてやろうか……?
ー……へ?
ー教ぇてやろう……。

松の木の影から現れましたのは、年の頃なら80に届こうかという……。髪は白髪を通り越しまして灰色で、襤褸のような着物の前は大きくはだけ、覗く肋はまるで数えられるよう。よろよろと杖にすがり、頬はげっそりと痩け、目ばかりギョロギョロと光る老人で……。

ー俺が教ぇてやろう……。
ーお、お前さん……誰だい?
ー俺か……? 俺は……ヒヒッ……死神だよ……。
ー死神……!? だからだなこの野郎っ、俺ぁ今まで死にてぇなんてこれっぱかりも思ったことねぇんだっ。この松の木に来た途端にそんな気持ちになった、おめぇの仕業だろう! あっちへ行きやがれ!
ーそう邪険にするなぃ、俺とおめぇには因縁があるんだ……。
ー因縁?
ーまぁ、そんなことはどうでも良い……。それより、おめぇ今死のうとしたな、止めとけ。おめぇにはまだ寿命がある、寿命がある内は何をしたって死ねねぇ。首をくくれば縄が切れ、川に飛び込みゃ誰かに助けられる……無駄なこった、諦めろ。
ーそ、そんなこと言ったって……銭が無けりゃ死ぬよりしょうがねぇじゃねぇか。
ー金の心配はしねぇで良い、俺が儲かる方を教ぇてやるよ。
ー儲かる方……? 要らねぇよそんなの、どうせ死神の下請けでもやらせようってんだろ!
ー何だ死神の下請けてなぁ……? そんなんじゃねぇ、お前、医者をやんな。
ー医者ぁ?
ーそう、医者。(ニタニタ笑い)医者は良いぞぉ……医者は儲かるぞぉ……。
ー馬鹿言うなぃっ、医者になれっつったって、俺ぁ脈のとり方も知らねぇんだ!
ーそんなもんいらねぇよ、俺が良いこと教ぇてやろう。

ー良いか、まず病人の家へ行くと病間へ通される。そこに寝てる病人の足元か枕元に死神が座ってる。これは他の連中には見えねぇ、おめぇだけが見えるようにしてやった。この死神が枕元にいる病人、これは助からねぇから寿命だとでも言って帰ってこい。その代わり、足元に死神のいる病人はまだ寿命がある。死神を引き剝がせば治すことが出来る。
ーひ、引き剥がすったってどうやって……。
ー慌てるな今教ぇてやるから。足元に死神がいたら呪文を唱える、その呪文を聞いたら死神は帰らねぇといけねぇことになってる。死神が帰りゃ病人は治るよ。
ー呪文?
ーあぁ、1度しか言わねぇからよぉく聞けよ?(手をすり合わせ) 「あじゃらかもくれん、きゅうらいす、てけれっつの、ぱ」
ーこう言って手を2回ポン、ポンと叩けば死神は消える。やってみろ。
ーえぇ……? えぇと、あじゃらかもくれん、きゅうらいす、てけれっつの、ぱ……? で、手を2回ポン、ポン……あれ?(辺りをキョロキョロ見回して)
ー死神さん? どこへ……死神さぁん?

ーっかしいな、どこへ……あっ、そうか、呪文を聞いたから帰らねぇとってんで消えちまったんだ。とするとこらぁ本当に死神の消える呪文、ありがてぇっ俺にも運が向いてきやがった!

大喜びで家へ帰りますと、家中引っ掻き回してかまぼこ板の切れ端を持ってくる。そこに金釘流ではございますが「いしゃ」と書いて表へ貼り、さぁ俺はお医者様だと威張っておりますとしばらくして……。
ーあの、ごめんくださいまし、ごめんくださいまし……。
ーはい、はいどなた?
ー夜分遅くに申し訳ございません、手前は日向屋半兵衛の手代で佐助と申します。実は手前どもの主人が長の患いで、お見舞いに来ていただきたいのですが……。

ーへ、病人? 早速来るとは思わなかったな……。しかも日向屋ったらこの辺りじゃ有名な大店……へへっ、ありがてぇっ!
ー……? あの、有難いとは……?
ーいえこっちの話ね。それで、ご主人が病気だって?
ー大変な長病でございまして、寝たきりでございます。今まで数多くのお医者様に診ていただきましたが一向に快方へは向かわず……ほとほと困り果てていたところ、ある易者の申すのに手前どもの屋敷を出て西へ向かい、最初に行き当たった医者が主人を治せるという……。早速西へ向かいましたところ……(胡散臭そうに玄関を見て)少々小振りではございますが……確かにお医者の看板。どうぞ、お見舞いいただきたい。
ーはぁ長病ね、そりゃ大変だ……。ようがす、診ましょう。
ーおぉ、ありがとうございます! それでは早速先生にお取次ぎを。ー何?ーいえ、ですから先生にお取次ぎを願います。
ー……いやいや、佐助さん。勘違いされちゃ困りますよ、私はお手伝いでも見習いでも何でもない、私が医者だ、私が診ますよ。
ーは……?
言われて改めて総体を見ますと、襟垢のべっとりついたボロの着物。髪はバサバサで崩れかかった長屋で、どう見てもまともな医者には見えない。

まぁそれでも易で占われた医者には違いございませんから、他と取り換えるという訳にもいかない。一先ず店へ連れ帰り、店の者一同で相談の結果、まぁ診せるだけ、薬を飲ませなければ、体に触らせなければ良かろうという。……何のために呼んだ医者か分かったもんじゃございませんが……。ともかくこちらへと案内された病間。土気色の肌で荒い息を繰り返す病人の、その足元に死神が座っておりましたから……

ーよしっ、しめた!
ー……? あ、あの……先生何を……?
ーえぇ、この病人は助かりますよ。
ーは? しかし、これまで数々の名医が匙を……。
ーいやぁ他の医者が何て言ったか知らねぇが助かります。あっしはね、医者もやるけど呪いも少し齧ってんだ。今日はそっちで治しますからね、次の間に下がって、私が良いと言うまで入ってくるんじゃないよ、良いね?
ー……いったな……。よし、これで上手くいきゃ良いが……あじゃらかもくれん、きゅうらいす、てけれっつの、ぱ!

手を2回打ちますと、それまで目を爛々と輝かせて座っていた死神の姿がスゥっと消え、土気色の病人の肌へほんのり赤みが差しまして……。

ーケホッ……あぁこれ、誰かいないか。あぁ気分が良い、頭にかかっていた薄雲が剥がれたようだ……。
ーあっ、せ、先生っ、病人が起きましてございます!
ー知ってますよアンタより先に見てんですから。ともかくこれで治りますよ。
ーあぁお腹が空いた……これ、何か食べるものを……。
ー先生、病人が食べるものをと……。
ーえぇ、食わせてやりゃ良いでしょ。
ーはぁ……では、最初は重湯か何か……。ーいやぁ重湯なんてそんな、天丼か鰻丼が良いんじゃないですか?
ーて、天丼……?
ー何でも良いですよ刺身でも天麩羅でも、あっしも付き合いましょう。

厚かましいお医者でね……。先生薬はと言われ家へ引き返しましたが当然何もない。しょうがないってんで台所に転がってた大根葉の切れ端を細かく刻み、これを白湯で飲ませますってぇと薄紙どころじゃない、ボール紙を剥がすが如く良くなります。日向屋では大喜びでございまして、奴さん薬代の他にお礼ということで百両の大金を懐に入れてホクホク顔で帰って来た。

さぁその日から毎日のように患者が来る。患家へ参りますと必ずと言って良い程その足元に死神がおりますから、呪文を唱えると消えてお礼が貰える。たまさか枕元に死神のいる病人に出くわしますと「これは寿命です、お諦めなさい」と家を出る、その玄関を出るか出ないかの間にポックリとお亡くなりになる。こうなりますと普段は助けているものでございますから「あぁ、この先生は大変な名医だ、人の寿命が分かるんだ」とより名が知れ渡り遠方からも患者が来る、儲かって仕方がない。さて、この男が心を入れ替えて、今まで金で困ったんだから、今度は心を入れ替えて無駄遣いせずに、きっちり稼いで堅実に……そんな人間なら落語にはなりません。(キッパリ言い切ってからフッと笑って)借金は怖い筋からも借りておりましたので大人しく返す、大家が五月蠅いので店賃も入れる、一応の義理で友人へもお金を返す。それでも余るほど儲かっておりまして、そうなりますと三道楽、飲む打つ買うに走ってしまうのが落語の登場人物で。飲み慣れない上等のお酒を飲む、賽子で大金を溶かす、中でもお金があればあるほど面白いのが女遊び。

稼いだ金で大見世へ上がる、患家の接待で芸者遊び、家に帰らない日が増えてまいりまして、おかみさんからのお小言が降ってくる。そうなりますと鬱陶しくなりましてね、古臭い説教臭い女房より白粉臭い女郎の方がってんで倅共々叩き出しまして、1人になりますと前にも増しての大盤振る舞い。馴染になった女郎から……
ーねぇ、旦那? 私1度、上方巡りがしたいんですけど……。
ーおぉそうか、そんじゃあ1つ、皆で派手に陽気に行こうじゃねぇか!
ってんで馴染の芸者女郎、お茶屋のおかみさんから幇間まで引き連れての上方巡り。方々でお金をばら撒いてどんちゃん騒ぎで……しかしお金というのは使えば無くなりますな。次第次第に懐が苦しくなる、そうなりますと取り巻き連中も本人でなくお金が好きで集まった連中ですから1人減り2人減り……行き大名の帰り乞食とはよく言ったもので江戸へ戻る頃には誰1人そばにいない元のからっけつ。
ーまぁ良いや、医者をやればまた儲かるんだっ。てんで当人は呑気なもの、また裏長屋に金釘流の看板を立てたんですが……どういう訳だかお客が来ない。たまさかあって行っても皆枕元に死神がおりまして、これではどうにもなりませんな。

すっかり元の貧乏暮らしでやさぐれておりますところに参りましたのがさるやんごとなき御家からのお遣い。聞けば主が大病で今日明日をも知れず、治してもらえればお礼はいかほどでも。喜び勇んで患家へ参りまして、病間へ通され病人を見ますと……枕元に死神が座っている……。(シラケ切った表情で肩を落とし)
ー……はぁ……あの、駄目です。寿命ですからね、お諦めなさい。
ーそこをなんとか……全快とは申しません、ホンの半年でも寿命を延ばしてくだされば三百両のお礼をいたしますが……。
ーさっ……いや、あのね、いくら積まれても無理なものは無理。寿命なんだから、治せません。
ーそう仰らずに、奥方も大層心配しておられますので……せめて三月延ばしていただけませんでしょうか……? お助けくだされば、そう、五百両まではお支払いいたします。
ーそんな金のタカを上げなさんな、こっちが足元見てるみたいでしょ? だから、いくら出されても寿命の来てる病人は治し様が無いんですよ。
ーそこをなんとか……えぇ? (奥を振り返り)はい、はい……畏まりました。

ー……いかがでございましょう、ひと月。ひと月ございましたら後々の整理も何とかなります。ひと月寿命をお延ばしくださいましたら、お礼の金は千両……。
ー千両!!? あぁ畜生、欲しいなぁ……また借金も嵩んでるし、千両ありゃなぁ……。でもこの病人は……あの死神が足元にいりゃなぁ……枕元の死神が足元に……そうだっ。
ーあのね、治します。
ーお治しくださいますかっ?
ー治します、治しますけど手伝ってもらいますよ。この家に力のある、息の合った若い衆は4人います?
ー必要であれば百人でも。
ー4人で結構。その4人を布団の四隅に置いてください、それで私が膝を打ったらそれが合図。布団を持ち上げてくるっと回すんだ、良いね? 今ご主人の足のある方に頭、頭のある方に足が来るようにしてもらいたい。これ1回こっきりしか使えません、しくじったらご主人は助かりませんよ、分かりましたね?
言われた方も何でそんなとは思いましたが、何せ主人の命に関わること。助かるならというので言われた通りに若い衆を4人呼びまして、布団の四隅に座らせる。

こうなったらあとは死神との根競べですな。奴の気が逸れたらと待つんですが死神の方でももう少しで命が取れるってんで目を爛々と輝かせて頑張ってる。夜が更けるにつれて病人の息は次第次第に苦しくなっていき、肌の色は土気色を通り越して白くなってまいります。
ー頼むよ……もう少しで千両なんだ、持ちこたえてくれ……。
やがて、東の空が少し白んだという時分、流石の死神も草臥れたのかコックリコックリ居眠りを始めた。ここだってんで膝を叩く、若い衆が布団を持って回しますってぇと死神が足元に来る。その時を逃さずに
ーあじゃらかもくれん、きゅうらいす、てけれっつの、ぱ!!
死神の驚いたのなんの、目が覚めたら枕元に居たはずの自分が足元にいて呪文を聞かされてる。ギャアァってんで飛び上がりますとバチンッと姿が消え……これで病人全快でございます。

ー本当に……先生ありがとうございます。お礼の千両は後日お宅へお持ちいたします。こちらはそれまでの繋ぎに……。
と差し出されました金が十両……大した繋ぎですな。これを懐へ入れるってぇと参りましたのが馴染の一杯飲み屋で、溜ってたツケを全部払ってまた新規に飲み直す。すっかり良い心持ちになりまして、咥え楊枝に鼻歌もんで縄のれんを跳ね上げて、酔いに任せて表をブラブラ……飲んでて1番心地いい時間ですな。
ーうっはっは……いやぁ、考えなんてのは窮すれば浮かぶもんだね。これで俺ぁこれから金には困らねぇ、死神がどっちにいようが今の手で追い払えるんだからよ。人生バラ色だぜ楽しくなっちまわぁ!
ーおいっ、馬鹿野郎!!
ー(ビクッ)……あぁ驚ぇた……どうも死ぃちゃん。
ー誰が死ぃちゃんだ馬鹿野郎っ。おめぇ、何だってあんな真似をした?
ーあんな真似?
ー何だって恩人の俺にあんな恩知らずな真似をしたんだっ?
ーえっ、あの死神おまえさん? 知ってたらそんな事しねぇんだよ、いや死神って皆似たような姿してるだろ、分かんなかったんだよ。

ー言い訳なんざ聞きたくねぇ、おめぇがあんな真似したお陰で俺ぁ、死神統一協会の幹部から外されたんだ。
ー死神統一協会……? 危ねぇ名前の協会だなぁ……そこの幹部外された? うわぁ悪かったよ、お詫びにさ、今度貰える千両のお礼から百両アンタにあげるよ。
ー金なんていらねぇ……。やっちまったもんはしょうがねぇ、お前こっちへ来い。
ー何?
ー俺について来いってんだ。
ーい、嫌だよそんな。どうせ何だろ? その協会とかいうとこに連れてって俺を袋叩きに……。
ー誰がそんなことするか、良いからついて来い!
ー……ねぇ、あの、死神さん? 悪かったって、この通り謝るからさ、何なら二百両くらいあげるから勘弁してよ。
ー金はいらねぇっつってんだろ、良いから黙ってついて来い。(トン、と杖を突いて)
ーここだ……。おい、ここを降りろ。
ー降りろってこんな道の真ん中……あ、こんな道の真ん中に階段……真っ暗だな……どうしても降りねぇと駄目?
ー駄目だ、良いから早く降りろ。ほら、俺の杖に掴まってくりゃ良い、早くついて来い。

ーく、暗ぇなぁ……俺ぁ暗いの駄目なんだよ、なぁ、堪忍してくれよ。
ー黙って歩け……ここだ。こっちへ来い。
ーここったって……おぉ……。(呆気にとられたように辺りを見て)
ーこらぁまた……随分と沢山の蝋燭だ……。ここは一体?
ーこの蝋燭は人の寿命だ。人の数だけ蝋燭がある、蝋燭の火が消えれば、その人間は死ぬ……。
ー寿命、へえっ。人の命は蠟燭の火のようだなんて言うけど全くだね、まさか本当に蠟燭になってるたぁ……。ん? この蠟燭は蠟が溜まって随分と火が弱いね。
ーそれは病人だ。その蠟を払って火がシャンと立てば助かる。
ー成程ね、こうやって見てても色々あって面白いや。
ーお、この蝋燭は威勢が良いなぁ。勢いよくボオボオ燃えて、しかもこんなに太くて長いんだからコイツは長生きだ。この蠟燭は誰のです?
ーその蝋燭は、お前の倅の寿命だよ。
ーへぇ、俺のガキ? やぁこんなに長いとこ見ると、まだまだ元気で長生きなんだな。その隣の、ガキの半分くらいの長さでやっぱり威勢よく燃えてるのは?
ー(ニヤリ)それに目が止まるか、縁だな……。それは、放り出したお前の先の女房だ。

ーあ、あのババア?(顔をしかめて)言われてみたら憎たらしい燃え方をしてやがる、蠟燭まで憎たらしいときてんだから始末に負えねぇや。
ー……あれ……?(覗き込むようにして)
ーこんなところにも蠟燭が隠れてやがった。あーあーこんなに短くなって、今にも消えちまいそうに弱い火だねぇ……。これは誰の……
ー(無表情で被せるように)お前だ。
ー……へ?
(無表情から、ニヤァ…と口の端を歪めて笑い)
ーそれは……お前の寿命だ…………。

(サァ…と一気に青ざめ)
ーそ、そんな……! だって最初に会った時、まだ寿命があるって言ったじゃねぇか!
ー言った、嘘じゃねぇ。あの時のお前の寿命はな、ほら……あそこにある半分より少し長い、勢いよく燃えてる蠟燭がお前の元の寿命だ。おめぇは金に目がくらんで、あの病人と寿命を取り換えたんだ、気の毒にな……。(ククク…と笑って)
ーそっ、じゃ、じゃあっ、金は返すよっ、金はいらねぇからもう1回寿命を入れ替えて……。
ー無理だ、1度入れ替えた寿命は2度とは替えられねぇ。ほら、もうすぐ消えるぞ、蠟燭が消えれば、お前は死ぬぞ?
ーそんなこと言わねぇで頼むよ死神さんっ! おめぇ俺と初めて会った時に因縁があるって言ってたじゃねぇかっ。その縁で以てあと1回、もう1回助けてくれよ! 頼む、お願いしますっ、この通り!(地面に額を擦り付けて)
ー……情けねぇ野郎だ……。そんなに死にたくねぇなら……ほれ。
ー……? これは……?
ーその燃えさしにな、蠟燭の火を接ぐことが出来りゃお前はその分生きながらえる。やってみろ。

ーや、やってみろったってこんなに短くなっちまって……この分じゃ蝋も柔らかくなってるだろうし……。
ー出来ねぇか? 出来ねぇならそのまま死ぬだけだ。
ーわ、分かったよ!(ソッと手を伸ばして)あ、熱っ……。
ー……ほら、何してる? 早くしろ、早くしないと消えるぞ?
ー分かってるけど……こんなになってたら、難しくて……。
ーほら、早くしろ早くしろ。早くしないと消える、消えたら死ぬぞ?
ー黙ってくれよっ! あぁ接げない……熱っ……あぁ、繋がらない……。(手をブルブル震わせ、泣きそうな顔で)
ーほら、早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ。早くしないと消える消える消える消える消える消える、あぁ~……ほらほらほらほら早く早く早く……ヒヒッヒヒヒヒッヒハハッ、早くしろ早くしろっヒヒヒヒッ、消える消える消える……あぁ~……。(口を歪めて笑っていた表情をスゥっと消しながら、何かが落ちるのを見るように目線を下げ、やがて無表情でじっと見て)
ー………消えた………。

【「名付け親になった死神」(グリム童話44番「Der Gevatter Tod」)】

 ある貧しい男性が子供を十二人も授かりまして、その子供たちを飢えさせないために、朝な夕なと働かなければなりませんでした。
 さて、そんな中、十三人目の子供が産まれてしまいまして、困り果て、どうしようもなくなり、父親は赤子を抱えて大きな街道に走り出して、出会った人に名付け親になって貰おうと考えました。

 最初に出会ったのは神様でした。神様は、男性が何を考えているか既に分かっていたので、話しかけてきました。

――お気の毒な方、お可哀想に。わたしがあなたの子供に洗礼を施してあげるよ。そして面倒を見て、この世で幸せに暮らさせてあげるよ。
――あなたはどなたですか?
 男性は尋ねました。
――わたしは神だよ。
――ならば、あなたに名付け親はお願いしません。あなたはお金持ちにばかりものを与えて、貧乏人にはひもじい思いをさせますから。

 そう男性は言いました。神様がどんなに賢く、富と貧しさとを振り分けているかも知らなかったのです。こうして男性は神様に背を向けて進みました。

 やがて悪魔がやってきて言いました。
――何をお探しだい? わたしをおまえさんの子供の名付け親にする気なら、その子にお金をたんまり恵んだ上、この世の楽しみを残らず与えてあげよう。
――あなたはどなたですか?
 男性は尋ねました。
――悪魔だよ。
――ではお引き取り下さい。あなたは人を騙したり、人を悪いことに引き込んだりするじゃないですか。
 男性はそう言って先へ進みました。

 そのうち、足のやせっこけた死神が歩み寄ってきました。

――わたしを名付け親にするといい。
――あなたはどなたですか?
 男性は尋ねました。
――死神だよ。皆に同じように死を与える死神だとも。

 すると男性は言いました。
――あなたなら申し分ありません。あなたは貧乏人も金持ちも分け隔てなく連れていきます。この子の名付け親になってください。

 死神は答えました。
――わたしはあなたの子供をお金持ちにして有名にもしてあげるよ。わたしを友人に持つものは、何も不足することが無いからね。
 男性は言いました。
――この次の日曜日が洗礼の日です、どうか遅れずにお越しください。
 死神は約束通りにやってきて、決められたとおりに名付け親の役を勤めました。

 赤ちゃんが大きくなって男の子になった頃のある日、名付け親が家に入ってきて、男の子に、一緒に来なさいと言いました。
 死神は子供を森の中に連れていき、そこに生えている薬草を指さして言いました。

――さあ、名付け親の贈り物を受け取る時です。お前さんを有名な医者にしてあげましょう。

――お前さんが病人のところに呼ばれたら、そのたんびにわたしが出てきてあげます。わたしが病人の枕元に立ったら、お前さんは、病人を元のように丈夫にしてあげられますと思い切って言いなさい。そしてあの薬草を煎じて飲ませるのです。たちまち病人は治りますよ。

――だけれど、わたしが病人の足元に立った時は、その病人はわたしのものです。お前さんには何も出来ません。この病人を助けることが出来る医者は世界中にいませんと言うしかないのです。

――わたしの心に背いて薬草を使うことのないように、くれぐれも気をつけておくれよ。でないとひどい目に遭うかもしれないからね」

 やがてこの若者は、世界で一番有名な医者になりました。

――あのお医者さんは病人の顔を見さえすれば、病人が回復するか、亡くなってしまうかが分かるのだ。

 そんな噂でもちきりになりました。
 ほうぼうから人が来て、若者を病人のところに診せに行き、沢山のお金を払ったので、間もなく若者はお金持ちになりました。

 さて、たまたま王様が病気にかかりまして、この若者が医者として呼ばれ、治る見込みがあるか問われました。若者がベッドに歩み寄ると、死神が王様の足元に立っていました。もう王様を治す薬はなかったのです。

(ちょっとでも死神を出し抜いてやれたらいいのにな)
 若者は考えました。
(勿論、死神は気を悪くすると思うけれど、わたしは死神の名づけ子なのだから、きっと目を瞑ってくれるだろう。思い切ってやってみよう)

 若者はそこで、王様を抱きかかえてあべこべに寝かせたので、死神が病人の枕元に立つことになりました。その状態で薬草を煎じて飲ませると王様は元気を取り戻し、また丈夫な体になりました。

 死神は医者のもとに来て、怒った暗い顔をして、指で脅しました。
――お前さん、わたしを騙したね。今回は大目に見てあげよう。お前さんはわたしの名づけ子なんだから。だけれど、次にそんな真似をしたら命に関わるからな。わたしが自らお前さんを連れて行ってやるぞ。

 死神はそう言いました。

 そして間もなく、王様の大事なお姫様が重い病にかかりました。たった一人の子供だったので、王様は一日中泣きどおしでした。とうとう両目が見えなくなるほど泣き暮らしてしまいました。
 王様は、お姫様を助けた者には、お姫様の夫となり、王冠を継がせるとお触れを出しました。医者がお姫様のベッドに近寄ると、足元に死神が居るのが見えました。

 医者は名付け親の戒めを思い出さなければいけないところでしたが、お姫様が大層美しいことと、その夫になれるという幸運に目がくらんで、思慮分別を忘れてしまいました。死神が怒ってにらみつけているのも、手を高く上げて、痩せこけたげんこつで脅しているのも、目に入りませんでした。

 医者はお姫様を抱き上げて、足の向きと頭の向きを入れ替えました。そして薬草を煎じて飲ませました。すると、お姫様の頬に赤みがさして、命が蘇ったのでした。

 死神は、自分のものになるはずだった命を二回もだまし取られたので、大股で医者のもとへ行き、こう言いました。
――お前さんはおしまいだよ。今度はお前さんの番だ。

 氷のように冷たい手で若者を掴みました。若者が刃向かえない程強い力でした。そして地面の下の洞穴に連れて行かれました。

 そこには幾千もの明かりが見渡せない程続いて燃えていました。大きいのも、中くらいのも、小さいのもありました。瞬くほどに幾つかの明かりが消え、別の明かりがともりました。それで、小さい炎が絶えず入れ替わって、飛び交っているようにも見えました。

――分かるかい。
 死神は言いました。
――あれが人間の命の火なのだ。大きいのは子供たちの、中くらいのは働き盛りの夫婦のもの、小さいのは老人のもの。中には、子供や若い人でも、小さい火しか持たないことが幾らでもあるのだ。

――わたしの命の火を見せてください。
 医者は言いました。自分のはまだかなり大きいだろうと思っていたのです。

 死神は、丁度消えそうになっていた小さな燃え残りを指さして、言いました。
――いいかい、あれがそうですよ。

――ああ、名付け親さん!
 驚いた医者は泣き声を出しました。
――新しい火を一つつけてください。わたしのためにそうなさってください。自分の命を楽しみ、王様になり、美しいお姫様の婿になれるように。

――そうはいかないよ。
 死神は答えました。
――新しいのが燃え出す前に、まず一つ消えなくちゃいけないのだからね」

――なら、古いのを新しい火の上にのせてください。古いのが燃え尽きても、新しい火がすぐ燃え続けるように。

 死神は若者の願いをかなえてやる振りをして、新しい大きな明かりを引き寄せました。しかし、死神は仕返しをするつもりだったので、置き換える時、わざと扱いを誤りました。小さい火はひっくり返って消えてしまいました。
 たちまち医者は地面に倒れ、今度は自分から死神の手に落ちたのでした。

【雑学と考察】

お読みいただいたように、斯くもグリム版と圓朝師匠作とでは違いがあります。死神の立つ位置、名付け親のくだり、最後の復讐など……。
「テケレッツのパ」という呪文もグリム版ではありませんでした。

実は三遊亭圓朝師匠が参考にしたのはグリム童話2版と言われています。兄ヤーコブが編纂したものですね。
弟のヴィルヘルムが編纂したものは、初版、および3版以降も、死神の立つ位置が逆転しています。
7版まで出たグリム童話の中でも、ヤーコブが中心になって編纂したものは2版だけ、なのです。

「名付け親となった死神」のルーツについてです。
ヴィルヘミーネ・フォン・シュヴェアトツェルから手紙によって、メルヘンを受け取っている、という記録が残っているのです。
マリー・エリーザベト・ヴィルトから1811年10月20日に聞く、という記録もあります。
第二版からは、フリードリヒ・グスタフ・シリングの本により、死神に命のろうそくをわざとひっくり返されて医者の命は尽きるという結末がつけられています。

このようにグリム兄弟は収集した童話にどんどん手を入れています。
グリム童話は初版が1812年。2版が1815年に出版されています。その後、1857年の7版まで編纂されて出版が続くのです。

さて、調べていくとここで面白い事実が分かります。

1839年江戸湯島切通町生まれの圓朝師匠が落語「死神」を作ったとされるのは1890年頃。
グリム童話が日本で初めて一部紹介されたのは1887年で、この版には「名付け親になった死神」は収録されていないのです。
となると、圓朝師匠はどこから死神のネタを拾ってきたのでしょう?

まず興味を引かれるのが山形県に伝わる民話(明治末年から昭和51年末までに直接昔話の語り手から採集されたもの)、通称「山形民話」です。その中で医者がでたらめな治療をするのですが、その時の呪文が「アヤラカモクレン カンキョウチョウ テケレッツノパア」というのです。しかし、明治末年=1912年。圓朝師匠が「死神」を作ったとされるのは明治20年頃=1890年頃。時代が合わないのですね。

これに対し、イタリアオペラ「靴直しクリスピノ(靴直しと妖精/名付け親※妖精と名付け親は同じ単語)」が原案という説もあります。

クリスピノという靴直しが貧困の余り井戸に身を投げ、井戸の中から現れた妖精と出会い、金を恵まれ、病人の生死の判別法を教えてもらうのです。
クリスピノはそのお陰で金持ちになりますが、欲に惑って妖精との約束を違え、自らの命を縮める話なのです。

ただ「靴直しと妖精」を基にしたと考えるには相違点が多すぎ、グリムの「名付け親になった死神」との共通点がひときわ目立つのです。
「靴直し~」のお話は蝋燭ではなくランプだし、妖精は女性。生死の判別の方法伝授シーンも違えば、妖精の復讐も違うし、寝床をあべこべにすることもないのです。
この作品のルーツは、1550年に書かれたイタリアのフォルテグエイリの短編小説が由来とされています。
ものによってはハッピーエンドの結末のお話もあるのです。

またルネサンス期の作家ハンス・ザックスの「百姓と名親の死神」(1547)も同じ題材です。フォルテグエイリの短編小説と同様、グリム兄弟に影響を与えていないとは言い切れないですね。

落語「死神」を最初に演じたのは、圓朝師匠の弟子の圓左師匠らしく、さらに、圓遊師匠、二代目金馬師匠へと受け継がれていったようなのです。
つまり最初に圓左師匠が演じ、後から、作者たる圓朝師匠が自ら演じたということになるのです。

「名付け親になった死神」を落語にしたのが圓朝師匠であるとされている根拠は、二代目金馬師匠の証言のようです。
「このお話は圓朝師匠のお作か、それとも昔からありましたものを口演したのか、先代金馬師匠が前座の頃、たった一度ききましたものを思い出して、上演したのだそうでございます」と記述があるそうなのです。

こうなると、出版された邦訳以外に、文人によって、口頭で圓朝師匠に伝えられた可能性も考えなくてはならなくなります。
1862年に、日本の遺欧使節の誰かが、ヤーコブ・グリムを訪問した事が、ドイツ側の記録に残っています。
この中には学者の福沢諭吉と評論家の福地桜痴が入っていたため、福地桜痴が関わっている説も捨てられません。実際、福地桜痴は当時ジャーナリストとして圓朝師匠に接触しているのです。

そうでなくても、「名付け親になった死神」は世界に類話が560話以上記録されているそうです。
こう考えると、どこが本当のネタなのかは分からないと言っても良いと思います。
グリム童話内でも類話が幾つかあります。
「名付け親」(グリム42番)も同様のお話ですし、最初は、落語の元ネタは此方のことかと思ったくらいです。

【参考サイトなど】

梅内幸信著 論文「『死神の名付け親』 (KHM44)と古典落語『死神』との比較検討」
(鹿児島大学の論文)

「童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋」>「グリム童話と落語「死神」1-99年から2000年の論文発表までに掲載した記事-」
(駿台フォーラムに2000年に論文を発表されたかたが、その過程を日付も併せて残されていた)
三遊亭圓朝師匠のウィキペディアでお生まれや年代を調べました。
「ナンセンスの部屋」で「山形民話」を知った時に、山形出身を疑ったからです。でも、圓朝師匠は江戸生まれでした。

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