無意味さから自由へ:楽観的虚無主義のすすめ
私の記事を読んでいただきありがとうございます。
突然ですが、皆さんは自分の人生の生き方をどのように捉えていますか?「生きる意味」など考えても気が重くなるだけですが、ここでは一つ、生き方が楽になる考え方を紹介したいと思います。海外のYouTubeチャンネル「Kurzgesagt – In a Nutshell」でも紹介されており楽観的虚無主義と呼ばれています。楽観的と虚無主義という一見交じり合わないような組み合わせで、人生観としてみると少しネガティブな印象を受けますが、これはむしろ少しでも人生を楽に生きる処方箋のようなものです。
私たちが生まれたこの星は、このあまりに広大な宇宙のとっても小さな一つの星でしかありません。実際、地球上の砂粒の数より宇宙全体に存在する星の数のほうが多いです。またこの宇宙は138億年前にビックバンによって誕生したといわれています。そしてこれからも何億年と続いていくでしょう。
一方で私たちの人生はせいぜい100年。これは宇宙が誕生してから今までの0.00000007%でしかありません。
私たちの人生はこんな広大な宇宙のこんな長い歴史の中で、ほんの一瞬の小さな存在にすぎません。この事実は自分という人間はこの世界において全く特別な存在ではなく、また逆に、この世界も私たちに合わせてできているというご都合主義的な世界ではないということです。
そして私たちには最も重要で避けられない事実があります。それは、私たちは「必ず死ぬ」ということです。この世界でどれだけ善い行いをして称賛されようが、どんなに悪いことをして非難されようがいずれ必ず死にます。そして自分という存在がなくなった後の世界を私たちは認識することができません。今までのすべての経験を忘れ、ただ永い眠りにつくのです。
これらの事実は、私たちの人生に無意味さと無常さを与えます。いわゆる人生には本質的な意味がないという虚無主義的考え方です。しかしここで別のとらえ方をしたいと思います。
私たちの人生でやってしまう問題や悪行、自分勝手な行動、社会において利益とならない行動はこれからの人生においてどれほど問題となるでしょう。私たちが死んでしまえば自分がした悪行などすぐに忘れられるでしょう。もし忘れられないほどのことをしたとしても死んでしまえばそんなことを知る由もありません。それに人類の歴史などこの長い宇宙の歴史に比べれば、どんなことをしでかそうとちっぽけなことです。今あなたが学校や会社で受けるつらい出来事も宇宙規模で見ればとても些細なことにすぎません。
しかし私たちの人生は、私たちの人生がすべてなのです。いずれ私たちは死んでしまいますが、今この瞬間に経験することは紛れもなく本物です。であるなら、人生において重要なことは私がどのように人生を経験するかでしかありません。自分の人生は自分で規定するしかないのです。
おいしいものを食べ、楽しい経験をし、友人や恋人、家族とともに過ごすという選択をするのも自分の選択であり、逆に、人間関係に疲弊し、自分のやりたくないことをするのも自分の選択なのです。
偶然にもこの世界に生を授かった以上、私たちはこの世界を謳歌するしかありません。他人のために自分の時間を浪費することはこの幸運を無駄遣いしているだけであり、むしろ私たちは可能な限り自分のために、自分の経験のために時間を使うべきなのです。
自分という存在はこの世界においてとても小さいものであり全く無意味な存在であるという事実が、逆説的に私たちの人生を楽観的に捉える助けになります。これこそが楽観的虚無主義です。
世の中そう甘くはなく自分のためだけに生きていくことはとても難しいことだと思います。しかしこのnoteを読んで楽観的虚無主義という考え方を知り、人生に対するプレッシャーが少しでも軽くなり、より穏やかで自分らしく生きられるようになる方がいれば幸いです。