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【記事13】作れメロス(作:杉崎様、アレンジ:馬鹿阿呆)

メロスは激怒した。必ず、かの味覚音痴な王を除かなければならぬと決意した。メロスにはフライパンの使い方がわからぬ。メロスは、村の料理人である。ホラを吹き、自称“森の妖精”(48歳)と遊んで暮して来た。けれども味覚に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十光年はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。四十六の、デブで糞生意気なニートの妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る収支が真っ赤なパチプロモンスター、略してパチモンを、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近なのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、財布を持たずして、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を万引きして、それから警察に連行されながら都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには学生時代に少し話をした程度の友があった。セリヌンティウスである。因みに、セリヌンティウスはメロスのことなど遠い昔に忘れているし、そもそも友達だと思ったことは一度たりとも無い。今は此のシラクスの市で、寿司職人をしているとメロスは風のうわさで聞いた。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。鈍感なメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆に殴りかかり、返り討ちに合い敗北を喫してから、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と何事もなかったように質問した。若い衆は、絶句して何も答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、拳を強く握りしめて殴った。老爺は角に頭を打ち付けた。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、虫の息の根のような弱弱しい低声で、わずか答えた。
「王様は、人を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
「毎食、虫が混入している、というのですが、誰も悪意は持っては居りませぬ(嘘)。」
「たくさんの人を殺したのか。」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」
「おどろいた。国王は昆虫食反対過激派か。」
「いいえ、昆虫食反対過激派ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく豪華な食事をしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」
 聞いて、メロスは激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」それと同時に老翁は息絶えた。
 メロスは、単純な男であった。警官の付き添いのままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、隣の警官に捕縛された。薬中だと思われて手荷物検査を受けて、メロスの懐からは出刃包丁が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「この包丁で何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以って問いつめた。その王の頭は光を反射して、一方で髭は無駄に毛深かった。
「王に料理を振る舞うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの味覚がわからぬ。」
「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁した。「人の味覚を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の料理の腕さえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の料理は、あてにならない。人間は、もともとコレステロールのかたまりさ(*違います)。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、美味しい食事を望んでいるのだが。」
「なんの為の食卓だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。「虫を故意に混入させた料理人を殺して、何が平和だ。」
「だまれ、味覚音痴。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、三分クッキングの奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、“森の妖精さんの芳醇きのこパスタ~春風を添えて~”を三分で作れと言われてから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは打算的に視線を落し瞬時ためらったふりをし、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、完成までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹(*お荷物)の面倒を亭主に見させてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、また“森の妖精さんの芳醇きのこパスタ~春風を添えて~”を作り、必ずここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。三分以上かかっているのに三分クッキングというのか。」
「そうです。そういうものなのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります(嘘)。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ(*あんな糞兄貴いらない。妹談)。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという寿司職人がいます。私の学生時代、無二だった友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人に寿司を握らせて下さい。たのむ、そうして下さい。」
 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男に、三日後、寿司を握らせてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男が握った寿司を頬張るのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りに、きっと寿司を握らせるぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。寿司が食いたかったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 メロスは口惜しく、地団駄踏んだふりをした。正直もう飽きた。
 メロスが一方的に友と思っている善良市民、セリヌンティウスは、深夜、訳の分からぬまま王城に召された。暴君ディオニスの面前で、友と他人は、二十年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を一方的に語った。セリヌンティウスは激昂して、己の力を際限なく発揮しメロスの顔面に拳を振りかざした。メロスは宙を舞い、王城の上質なカーペット敷きの床に叩きつけられた。そして、セリヌンティウスは王に理解を求めたが、なんか面白そうなので、作者の私が縄を打っておこう。メロスは、すぐにパチンコしに出発した。初春、満天の星である。
 メロスはその夜、一睡もせずパチンコに興じ、村へ到着したのは、翌あくる日の午後、月は既に高く昇って、村人たちは床に就きはじめていた。メロスの四十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をし終えた。パチンコで負けに負け、よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて無視した。そうして、兄は妹に説教を浴びせた。よくある日常の光景である。
「金、貸せ。」メロスは怒鳴りつけた。気の済んだ頃、「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、勝手におまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」と言った。
 妹は怒って頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た(*正確には、”盗んだ”が正しい)。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い(*現在、深夜二時)。結婚式は、あすだと。」
 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って酒を浴び、祝宴の飯を食らい、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた(*非常識にも程がある)。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ(*一日遅れ)、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。「なら金をよこせ」となかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿を殴り続け、すかして、説き伏せた(*物理)。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、酔って勝手にむんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。メロスも、満面に喜色を湛たえ、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった(*この時点で王との約束を破る)。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この村で生涯パチンコに興じ暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身に鞭打ち、もう遅いがついに料理することを決意した。だがすぐに、ちょっと一眠りして、それからすぐに準備しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永く愚図愚図だらだらとしていたかった。メロスほどの男には、人の情というものは勿論或るわけ無い。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに料理を始める。ちょっとした訳があるのだ。私がいなくても、もうおまえにはスロカス程の糞亭主があるのだから、決して金が余る事は無いが、俺は王城で寿司を食うんだ。どうだ、羨ましいか?あ、分けてはやらないからな(笑)。おまえの兄は、王城に出入りする程の偉い男なのだから(*嘘)、おまえもその誇りを持っていろ。」
 花嫁は、話半分にうなずいた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、
「スロカスなのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、、何もないな。うん。何も無い。だけど、全部あげよう(?)。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」
 花婿はパチンコで大勝ちしたのか妙にてれていた。メロスは一人笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、いや、まだまだ大丈夫(?)、これからすぐに料理すれば、約束の刻限までには十分間に合う(*いいえ、間に合いません)。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう(*無理だと思う)。そうして笑って寿司を食ってやる。メロスは、悠々と仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、包丁を振り下ろした。が、指を切断し泣き出した。
 私は、今宵、寿司を食う。寿司を食う為に作るのだ。身代りの友を救う為に作るのだ。王の味覚障害を打ち破る為に作るのだ。作らなければならぬ。さらば、森の妖精(42歳)。若いメロスは、つらかった。幾度か、殺しそこないそうになった。えい、えいと大声挙げて森の妖精(48)を解体した。麺を量り取り、水に塩を加えて火にかけ、小松菜を水で洗い、豚肉を解凍し始めた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで作ればもう大丈夫(?)、もはや森の妖精(48)への未練は無い、最初から。妹たちは、きっと醜い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い(*いいえ)。ゆっくり作ろう、と好きな小歌を酷い声で歌い出した。だらだら小松菜を刻み、そろそろ全工程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、メロスの手は、また、はたと、とまった。見よ、自身の左手人差し指を。鼻歌を歌い目を逸らして小松菜を刻んでいたが故に、濁流滔々、猛勢一挙に、どうどうと響きをあげる血飛沫が、小松菜をしとどに濡らしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、救急箱は歩いてこない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは床にうずくまり、男泣きに泣きながらアッラーに手を挙げて哀願した。メロスよ、、貴様、豚肉料理とアルコールが好物だったよな?まあいい。以下、物語を続ける。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私に食わせずに寿司を握るのです。」
 濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。血は血を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。絆創膏を着けるより他にない。ああ、神々も照覧あれ!濁流にも負けぬ文明の力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、紫電一閃絆創膏を手に取り、のた打ち荒れ狂う血を相手に、必死の止血を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう愚かしい姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、絆創膏を貼ることができたのである。ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまたパチンコ屋に急ぎそうになった。禁断症状を無視は出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら沸騰した湯にパスタを放り、10分のタイマーをセットして、ほっとした時、突然、家の中に警官が押し入ってきた。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ「森の妖精さんの芳醇きのこパスタ~春風を添えて~を作って持っていかなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。署に連行する。」
「私にやましいことは何も無い。聞いて驚け、俺は王に面会が許された選民だ。」
「何を言っているんだ。この犯罪者!」
「さては、選民であるこのメロスが羨ましくて、醜い嫉妬をしているのだな。」
 警官たちは、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、一斉に警棒を振り挙げた。メロスの骨は鈍い音を立てて折れ曲がり、あっけなく敗北した。しかしながら、なんとか警官を説得して執行猶予を付けてもらい、さっさと具材を炒め始めた。警官に散々貶されて開き直ったメロスは、先の警官の悪口を呟きながら慣れない手つきでフライパンを弄ったが、骨折しているため、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、パチンコをしなくては、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上がる事が出来ぬのだ。いますぐパチンコに興じたい。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、絆創膏を貼り、警官三人に撃ち倒され四面楚歌、いよいよ性根も腐りだして来たメロスよ。真の愚民、メロスよ。今、ここで、パチンコの禁断症状で動けなくなるとは人類の恥である。赤の他人、セリヌンティウスは、学生時代に教室の片隅で孤立していたメロスに善意で声を掛けたばかりに、やがて寿司を握らなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、王ですら想像していなかった酷い展開だぞ、と一応自分を叱ってみるのだが、自己を正当化する言葉を並べ、もはやメロスの頭の中は他責でいっぱいであった。
万年床にごろりと寝ころがった。もう、何もかもが面倒くさく、どうでもいいと思った。自らの歪んだ正義感で行動し、そのうえ人質を勝手に差し出した人間にはお似合いな姿である。メロスは、自分は努力したのだと思い込んでいる。約束を守る心は、最初から微塵も無かったが、そんなのどうでも良い。メロスが楽して生きていけないのは政治のせい、上級国民の陰謀である、と考え始めた。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。三大欲求とパチンコ欲だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる、いや、既に笑われているのでどうでも良い。私の一家も笑われる、いや、既に笑われているのでどうでも良い。私は友を貶めた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。だったらもういいや。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定まった運命だったのだ。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつの頃だったか、私を、欺いた。だから私は君を、欺いてもお互い様だよな。私たちは、佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。セリヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。警察の囲みにも、なんとか耐えて一気に料理を進めたのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっと遅れて来い、と耳打ちした。遅れたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、遅れて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。羊も居る。妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしない・・・だろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、馬鹿馬鹿しい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬるかな。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
 ふと耳に、ボコボコと、湯が煮えくり返る音が聞こえた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。厨房で、パスタを茹でている湯が沸騰し溢れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、鍋から這い出る湯が、何か大きなものから逃げているようにどうどうと流れ出ている。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。コンロのスイッチに手をかけ、火と止めた。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。作れる。作ろう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。寿司を喰らい、再びパチンコに勤しむ希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている新台があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれているスロットがあるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。セリヌンティウスの境遇なぞは、問題ではない。スマソ、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、寿司を食わばならぬ。いまはただその一事だ。作れ! メロス。
 私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、アッラーよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。
 フライパンの中の具に味を付け、パスタを皿に盛り、メロスは一流の料理人のように具を乗せた。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。因みに、太陽が沈む速さは約1600km、それの十倍だから、メロスは時速16Mmで走っている。メロスは自身の体を摩擦熱で燃やし、衝撃波で周辺を灰塵と化しながら走る。
一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、ほとんど全焼体であった。呼吸も出来ず、二十度、三十度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」メロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」その若い寿司職人も、メロスの後について走りながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。もっと早く、もうあと一日でも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じては居りませんでした。刑場に引き出されても、不貞腐れていました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスって誰やねん、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ(錯乱)。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く城の調理場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で調理場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉のどが潰れてしわがれた声が幽かすかに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに酢飯と刺身が用意され、セリヌンティウスは3貫目の寿司を握ろうとしている。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに厨房に登り、友が握った2貫の寿司に、齧りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
「セリヌンティウス。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
 セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯うなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑ほほえみ、
「メロス、貴様が誰だか知らないが、気でも狂ったのか。私はこの三日の間、寿司を握らされることへの恐怖で頭がおかしくなりそうだった。君をもう何発も殴らなければ、私はこの理不尽に晒された気持ちに整理を付けることは到底できない。」
 セリヌンティウスは腕に唸りをつけてメロスの頬を殴った。何回も殴った。回数が凡そ15回を超えたあたりで、メロスは痛みに耐えかねておいおい泣き出した。
 群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめながら「森の妖精さんの芳醇きのこパスタ~春風を添えて~」を食べていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえたちの望みは叶かなったぞ。おまえは、わしの心に勝ったのだ。美味とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの料理を食わせてほしい。」
 どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、王様万歳。」
 ひとりの少女が、手榴弾をメロスに投げた。メロスは、力尽きた。セリヌンティウスは、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、こういう運命だったのだよ。」
 爆発オチなんてサイテー。


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おしまい

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