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タイで走ることについて語るときに僕の語ること

タイ🇹🇭は人口6,718万人。国民のほとんどがタイ語を話す国である。熱帯に属するその気候から本来はマラソンには全く向かない国にも関わらず、現在、空前のマラソンブームである。観光立国であることも理由の一つである。参加する外国人比率も高く、特に中国人、台湾人が群を抜いて多い。

ベトナム、ミャンマーに住んでいた著者も、何度もマラソンに参加するためにタイに足を運んだ。Laguna Phuket Marathonに2回、River Kwai Marathonに2回参加し、Bangkok Marathonは1回エントリーした。

Bangkok Marathonは、直前に国王がお亡くなりになり、延期になった。延期された2月が帰任後だったため、残念ながら参加できなかった。

River Kwaiは「戦場にかける橋」で有名なカンチャナブリの上流で開催され、高原リゾート地のため、涼しくて走りやすい。このマラソン何が面白いかというと、近隣の宿のユニークなことである。川の上に浮かぶ宿に泊まれるのである。筆者は1泊2日のハードスケジュールで寝られないと困るので、川沿いの宿に泊まったが、アクセスするにもボートに乗っていった。

もう一つ鉄道ファンにはたまらないのが、列車でアクセスできることである。「戦場にかける橋」の鉄橋を列車から鑑賞するために、2回目のRiver Kwai Marathonは前泊してバンコクから土曜の朝一番の列車でアクセスした。片道4時間近くかかるが、タイらしい車窓と乗客ののどかな雰囲気が楽しめた。第二次大戦中の英日泰にとって悲しい歴史の場所が、大人気の観光地となっていることにも感動する。

River Kwai Marathonに比べると、Phuket Marathonはとにかく蒸し暑い。私の場合、さらに悪いことには最初のエントリーのフルでは、ラン後のタイマッサージのえびぞりの無理な姿勢が悪かったのか、2週間後に椎間板ヘルニアを患ってしまった。ランニングを再開するのに半年かかったが、回復後は、また出たくなってハーフにエントリーした。しかし、今度は前日に食べたものに当たってしまい、走っている最中にだんだんふらふらになり、残り7kmを歩いてかろうじてゴール。落ち着くと高熱だった。その日にヤンゴンに帰国だったのでプーケットからバンコク経由でヤンゴンに帰ったが、飛行機の中で震えながら帰国するという大変なマラソン旅行だった。しかし今ではいい思い出である。マラソンはしばらくたつと何故かまた走りたくなるが、このPhuket Marathonの中毒性は、尋常ではない。東京マラソンに並んで、本当にまた走りたいマラソンの一つである。おそらく、プーケットのリゾート感、走り初めの暗い中、高い湿度で少し霧のかかった陰鬱とした雰囲気から、だんだん青く晴れ渡る空と白い雲が現れ、最後、ゴールに近づくと青い水平線が見えるというドラマティックな展開が忘れられないからだろう。

機内から見下ろす常夏感満載のプーケット

筆者にとっては、留学時代のタイ人のクラスメートに必ず会うことができるのはもう一つの楽しみだった。最初はまさかここで会えるとは、という卒業後11年目の偶然の再会だった。彼は30人近いランニングサークルのリーダーをしており、お揃いのユニフォームを作って参加しており、そのデザインが毎年変わるのには驚いた。

そんなランニング先進国であるタイでは当然、「走ることは」は訳されている。Bangkok Marathonがキャンセルになったが、フライトは変更できなかったので、バンコク市内をぶらぶらしている際に立ち寄った伊勢丹の中の紀伊国屋書店でお土産として購入した。


(2018/3/23にBlogpostに執筆したものを加筆修正してこちらに転載しました。)

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