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理想の死際
別れた夫はそこそこイケメンで割とよくモテる人でした。
夫から聞かされた武勇伝の中で今でもよく覚えているのは、泊りがけで行くお寺の修行体験で大勢の人と雑魚寝している時、熟睡していた夫が何かの拍子にハッと目覚めたら、知らないおじさんが自分の一物を口に咥えていた話や、気前のいいお金持ちのおじいさんでいつも高級店ばかりハシゴしてご馳走してくれる人がいて、「いい人だ。」とばかり思っていたら、次の来店時に自分は落とされることになっているからしばらく来ないようにと見かねたママに忠告された話とか・・・。考えてみたらゲイの人によくモテてたんだなとちょっと笑ってしまいます。
おもしろいエピソードをたくさん持っている人でしたが、最近になって彼が話してくれたある老夫婦の話が頭をよぎったのでお伝えしようと思います。
どういう理由だったか忘れましたが二人は駆け落ちして結婚したのだそうです。
いつも周りがうらやましがる程仲良しで、そのまま年を重ねて高齢になってもお互いをいたわり合うチャ―ミーグリーンな老夫婦だったそうです。(たとえが古くてすみません。)
奥さんの方が先に身体の不調を訴えるようになり、ある朝ついに洗面所で歯磨きをするのも立っていられない。と言ったそうです。
旦那さんの方は笑って「わかった。じゃあ椅子を持ってきてあげるから。座って磨きなさい。」と言って親切に洗面所に椅子を運び奥さんを座らせてあげようとしたその時、ふいに奥さんが旦那さんのクビに手を回して寄りかかったかと思うとそのままその胸に倒れこみ、
「お父さん、堪忍。さき、いくわ。」
と言って旦那さんの腕の中であっけなく亡くなったのだそうです。
奥さんをしっかりと抱きしめて天国に送り出した旦那さん自身もその一年後には娘さんに看取られて平穏に旅立ったそうです。
この話を聞いた時、私はまだ大学出たての小娘で「ふ~ん」くらいの反応しかしなかったと思います。ありきたりの刺激のない話としか受け取りませんでした。
あれから十数年が経ちました。
「誤解されやすい女」という一点だけで私が一方的に親近感を抱いている川島なお美さんの訃報のニュース以来、健康だけが取り柄の私も自分の最後の瞬間についてぼんやり思いを馳せるようになりました。
できれば最後は痛くなくて怖くなくて寂しくないほうがいいです。(小声)
何かとセンチメンタルになりがちな秋の夜長には、この老夫婦のエピソードが私の気持ちを高ぶらせ、本当のハッピーエンドとはこういうことをいうのだなと、会ったこともない彼らの人生に胸を熱くする今日この頃です。