へっぴり侍の人情噺!?〜『花よりもなほ』
是枝裕和がカンヌで話題を集めた『誰も知らない』のあとに撮った作品。公開当時、故立川談志が「見事也」と絶賛したように、天下太平の元禄時代、貧乏長屋に住む人々の哀歓を落語的な匂いを漂わせつつコミカルかつ誠実に描いています。
何よりも、松竹京都映画撮影所につくられた長屋のオープンセットが素晴らしい。この長屋の造作を見ただけで、今日のテレビドラマからは決して伝わってこない映画人たちの心意気を感受することができます。美術を担当しているのは、黒澤明の『羅生門』や溝口健二の『雨月物語』の現場にも参加した馬場正男と『誰も知らない』を手がけた磯見俊裕。
お話は荒唐無稽です。父の仇討ちをするために江戸にやってきた若侍が、長屋に住みついて敵を探している。同じ長屋に吉良邸への討ち入りを企む赤穂浪士たちが身をやつして潜伏し機会をうかがっている、という設定。
岡田准一扮する主人公の若侍は、剣の腕前がからきしダメ。長屋の住人の前で、武士嫌いの風来坊にコテンパンにやっつけられたりします。貧乏な長屋の住人から、たかられたりもします。
若侍はまた同じ長屋の未亡人(宮沢りえ)にほのかな恋心を抱いている風情。そして彼女や長屋の仲間たちとの交流をとおして、父が自分に残した恨みは「仇討ち」でしか晴らすことができない、と考えてきた自分に疑問を持ち始めます……。
長屋の代書屋や紙屑屋、強欲な大家に、吉原から身請けされるワケアリの元女郎。落語の世界ではおなじみの面々がドラマの雰囲気を盛り上げます。主演の岡田准一は適役だし、上島竜兵、木村祐一、千原靖史のお笑い勢も長屋の住人にぴったり。
是枝作品のなかでは『誰も知らない』と『歩いても 歩いても』の間に挟まって話題になることの少ない作品ですが、捨てがたい佳品だと思います。
世界中の人々の間に怨嗟が渦巻き、復讐の連鎖に混迷の度を深めている今だからこそ本作にこめられたメッセージは意義深いのだ、と型どおりの寸評も一応添えておきましょう。
*『花よりもなほ』
監督:是枝裕和
出演:岡田准一、宮沢りえ
映画公開:2006年6月
DVD販売元:バンダイビジュアル