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そして映画はつづく

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ZAQブログ『コラムニスト宣言』に発表した映画レビュー記事がベース。ZAQ-BLOGariのサービス停止に伴い、記事に加筆修正をほどこしたうえでこちらに移行しました。DVD化され…
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#是枝裕和

語られない真実に宿る真実!?〜『三度目の殺人』

冒頭でいきなり殺人の現場が描かれます。観客は当然それが事件の真実だと思いこみます。けれどもそれが確かな真実なのか、映画の進行とともに揺らいできます。被告の三隅(役所広司)の話が二転三転するからです。最初は犯行事実は認めていたのに、最後には……。あの冒頭のシーンは何だったのか。誰かの幻想なのか。検察官の見た夢なのか。 少し遅れて担当になった弁護士の重盛(福山雅治)は、真実の追求よりも法廷での勝利のみを目指すクールで冷徹なエリート弁護士。事実の可能性が複数あるのなら、依頼人の利

「団地映画」の佳品〜『海よりもまだ深く』

キャッチコピーは「夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語」。 かつて文学賞を取ったもののその後は鳴かず飛ばずでギャンブル依存症になっている主人公・良多(阿部寛)。いつか団地生活から抜け出せると夢みたけれどこのまま一生を終えそうな母(樹木希林)。幸せな家庭生活を夢見たものの果たせず、良多を見切った元妻(真木よう子)。 そうした大人を見て育ったからか、少年野球のチームに入っている良多の息子(吉澤太陽)は代打で出てもバットを振らずにフォアボール狙い。最初から夢のハードルを下

事件がなくても面白い映画は出来る〜『歩いても 歩いても』

人がただ食事をしているシーンなど映画で見せるには及ばない。そのようなことをアルフレッド・ヒチコックは言っていたらしい。あらゆるカットがスリルとサスペンスを盛り上げるために撮られたといっても過言ではないヒチコックのフィルムにあっては、人が家族や来客とともに世間話をしながら食事をするなどという日常的で凡庸な光景は、非映画的なものとして斥けられたのです。仮に食事風景が映し出されることがあっても、それはたとえばナイフやフォークがいつ凶器に化けるかもしれないという緊張感を伴って描かれる

へっぴり侍の人情噺!?〜『花よりもなほ』

是枝裕和がカンヌで話題を集めた『誰も知らない』のあとに撮った作品。公開当時、故立川談志が「見事也」と絶賛したように、天下太平の元禄時代、貧乏長屋に住む人々の哀歓を落語的な匂いを漂わせつつコミカルかつ誠実に描いています。 何よりも、松竹京都映画撮影所につくられた長屋のオープンセットが素晴らしい。この長屋の造作を見ただけで、今日のテレビドラマからは決して伝わってこない映画人たちの心意気を感受することができます。美術を担当しているのは、黒澤明の『羅生門』や溝口健二の『雨月物語』