「パラサイト」なんて言えない(ネタバレ含む感想)
ポンジュノ監督の映画はジャンルをどう言って良いか迷う。今回のパラサイトだって最初はコメディに近いが、その間もヒリヒリとした緊張感があり、最終的にコメディではなくなってしまう。どう着地するのか分からない、それがポンジュノ監督の映画の魅力だ。それはパラサイトでも存分に発揮されている。
低所得者向けの半地下住宅に住む全員失業中のキム家の長男ギウは、高台の高級住宅に住むパク家の娘の家庭教師アルバイトを友人から紹介される。そしてそのアルバイトを皮切りに、パク家へ美術教師として妹を、運転手として父親を、家政婦として母を紹介し、パク家へ全員が潜り込むことに成功した。何もかもが順調に進んでいたが、ある大雨の日それは一変し、予想外の方向へ進んでいく…というのがパラサイトのストーリーだ。
この映画を見て初めて知った「半地下」だが、ソウル市内にはよくあるものらしい。文字通り半分地下に埋まった部屋で、窓が地面と同じ高さにある。そんな状態なので日の光が入って来ず、湿気が酷い。数日いれば服も髪も体もカビ臭くなるような家だが、そんな家でも家賃は月4万円ほどらしい。のっぴきならない事情でもない限り住まないような家だが。
それに対してパク家の住むのは有名建築家が建てた高台にある洗練された家だ。この映画の中でキム家とパク家は対照的な存在である。金持ちと貧乏。高台の家と半地下の家。使用人たちを嵌めた一家とそれにあっさりと騙されてしまう一家。全く持って正反対だ。
そんな正反対さを表すのに「家」と「臭い」は大きな役割を持っている。「家」は目に見えて映像で表現できるので非常に分かりやすい。ただ「臭い」というのは観客には分からない。これを映画で表現しようとするのは挑戦的だと思う。
そしてそんな「臭い」は自分にも分からない。半地下に住むキム家にはカビ臭い、映画で言うところの「切り干し大根のような」臭いが染み付いているが、自分たちでは感知できない。「臭い」はどうしたって判断を相手へ依存する。自分たちで分からないからこそ治し方も良く分からない、非常に残酷な他者との区別だ。映画の中ではその臭いをパク家がキム家へ直接言うことはないが、嫌がって車の窓を開けるシーンがある。自分にはどうしようもないことを人から嫌がられるのは辛い、不条理を感じるがどうしようもできない。
そう、この映画には「どうしようもできなかったのに」という思いが溢れている。全員失業中のキム家だがパク家で働いている姿を見ると別に能力的な意味で仕事が出来ない訳でもないと分かる。彼らが半地下で暮らす状況が彼らだけの要因で起きた訳ではないと感じるのだ。だからこそ彼らは半地下にいる状況に対して不満を持っている。この場所から抜け出したい、そのために彼らは計画を立てるのだ。そしてその計画は上手くいった。パク家への寄生に成功し、なんとパク家の娘が長男のギウに気があるため結婚しての逆玉が狙えそうだ。しかし、そんなに上手くいっては映画にならない。一寸先は闇。半地下から抜け出せることが見えてきたとき彼らの前に思いもよらない第三者が現れる。
その第三者こそ、パク家の地下に住み着いていたグンセだ。半地下以下の住人であるグンセは事業に失敗し、借金取りから逃れるために地下へ住み着いている。グンセはキム家と違い、計画を立てない。地下から這い上がろうなど思っていないのだ。パク家の冷蔵庫から食料を盗み、こそこそと日の当たらない地下で暮らす。生存するために生きている、そういう状況だ。そしてキム家とグンセは自分の居場所を守るために足を引っ張り合う。弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く、ブルーハーツさながらだ。
そしてグンセの存在によってキム家の計画は完全に崩れ、その日に降った大雨によって半地下の家も奪われる。「どうしようもできなかったのに」という状況がまた現れるのだ。
その状況になったとき、キム家の父ギテクは計画を立てることを辞める。そのとき、計画が立てられるというのは成功体験があるからだと気づく。計画を立てても上手くいかないことばかりなら、ただ虚しいだけであり、計画を立てていないほうが言い訳だってしやすい。何もかもを諦めた学習性無気力の状態だ。
そしてそんな状況のなか、あの惨劇が起こる。グンセがパク家の息子の誕生日パーティーで暴れ回り、キム家の娘ギジョンが刺され、それに激昂した母のチャンスクがグンセを刺す。惨劇を見たパク家の息子は気を失い、パク家の父親は息子を病院へ連れて行くために血塗れのギジョンのことなど目もくれず、ギテクへ車の鍵をよこせと怒鳴る。そして車の鍵を取るために近づいたとき、パク家の父親はグンセの臭いに顔をしかめるのだ。その時、画面いっぱいに映されるギテクの顔は観客へ強烈な印象を与える。茫然としていた表情へ深い悲しみと怒りが溢れていくのだ。今までパク家とキム家の見えない仕切りを感じ、キム家が感じていた不条理さを見てきたからこそ観客にはその悲しみも怒りも痛いほど分かる。個人的に映画の中で最も印象に残るシーンだった。
ちなみに、その後にキム家には幸せな結末は訪れないし、ギテクは死ぬ。個人的にギテクの腹へ刺さったBBQ用の串に付いている肉を犬が食べている場面が1番嫌なシーンだなと思う。尊厳も何もない。ここまで奪われなくてはいけないのか。
このように救いのない形で終わるパラサイトだが、タイトルの「パラサイト」とは誰を指すのだろうか。普通に考えてパク家へ寄生したキム家のことだろう。しかし、キム家は「どうしようもできなかった」状況のせいで、住みたいなんて絶対思わない半地下の家に住み、ただそこから抜け出したいと思って行動しただけだ。そんな彼らに対して、私は「パラサイト」だなんて言えない。だって彼らは等身大の人間なのだから。
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