理想の夫婦という契約履行(ネタバレ含む感想)
久しぶりにゴーンガールを見た。
初めて見たときは「エイミー恐い…」という感想のみだったが、今見てみるとエイミーは確かに恐いのだが恐いだけではない。彼女の言うことにも一理あると思った。
5回目の結婚記念日を迎えたニックは妻のエイミーが失踪していることに気づき、捜索を開始するが、人気児童文学のモデルにもなったエイミーの失踪はメディアの過激な報道に繋がり、夫のニックに対して世間の疑いの目が向く。はなしてエイミーの失踪はニックの犯行なのだろうか、その真相は…というのがゴーンガールのストーリーだ。
物語を追うにつれ、ニックの浮気や金銭問題等が分かり、エイミーの日記が発見され、ニックが犯人であるかのような証拠が揃っていく。そして前半パートの最後にガレージからエイミーの夥しい量の血痕が発見され、ニックは逮捕される。
もう冒頭にも書いたので皆さんお察しだとは思うのだが、後半パートになった瞬間、車を運転するエイミーが出てくる。エイミーは生きており、夫への復讐のためにニックが疑われるような証拠を残していたのだ。エイミーの最終目標はニックが逮捕されるだけではない。夫妻の暮らすミズーリ州にはまだ死刑がある。エイミーは復讐のためにニックを死刑にすることが目的だったことがここで分かるのだ。
もうこの時点で「エイミー恐い…」という感想が出てくるのは当然なのだが、エイミーはニックへの復讐を決意した過程でこんなことを言う。
「世の中にいる恋人たちというのは、服装やら趣味やらが似通っている。そして大体の場合、それは女が男に合わせている。私はニックの理想の妻を完璧に演じてみせた。それなのにニックは私の理想の夫を演じない。あまりに不公平だ。」
一時期有名になったCMで「彼氏と別れた。だから音楽の趣味も変えるんだ」と女の子が言う音楽アプリのCMがあった。このCMが流れたときネット上には「別れたからって変えなくていいよ」という意見が多かったが、多分、あのCMの女の子は彼氏に合わせてその音楽を聴いていただけで、その子の趣味ではなかったのだと思う。別れたから、合わせていた音楽なんて聴かなくても良いのだ。
上記の内容もそうだが、「恋人の趣味に合わせる」という行為は女性側に強いられることが多い。知人にも付き合う彼氏によって服装が全然変わっていく人がいるが、逆に男性側は自分の好みに服装が一貫している。男性側から好きになった場合でも自分が合わせることよりも相手が合わせてくれないかと望む人が多いと思う。
例えば夫の「結婚してから妻の体型が崩れて、かなり太った」という小言はよく聞くと思う。しかし、夫自身が太ったことに対しての反省等は特に聞いたことはない。「妻の理想から離れてしまった」という言葉はあまり出てこないのだ。こういうとき、「理想の押し付け」に対しては男女の差があると感じる。
以前、ルビースパークスという映画の感想で「理想を押し付けることのグロテスクさ」を書いたが、ゴーンガールはさらにそれを一歩踏み込んで、そのグロテスクさに男女の差を含めて描いた作品だ。
確かにエイミーが夫の死刑を目的にするところは非常に恐ろしいのだが、エイミーの言う「自分は押し付けられた理想を完璧に演じようと努力したのに、夫はその努力をせず、浮気までしている。不公平だ」という意見は一理ある。女性にだけ押し付けられるなんてグロテスクすぎると私も思うからだ。
エイミーにとって理想の夫婦を演じることは契約であるのだと思う。理想の妻を演じるエイミーに対して、ニックは理想の夫を演じるという債務を負っている。その債務を履行できなかったニックにはペナルティが課されるべきなのだとエイミーは考えているのだろう。まあ死刑にするというのはやりすぎなのだが。
映画の終盤でニックはエイミーの目的に気づき、理想の夫を演じるためにトーク番組へ出演する。そこで理想の夫を演じきり、債務を履行したニックをテレビで見たエイミーは、契約の続行のためにニックのもとへ帰るのだ。自身も理想の妻を演じる形で。
この映画では最初と最後で全く同じニックのナレーションが流れる。
「妻のことを考えるとき、いつも思い出すのは彼女の後頭部だ。かわいらしい頭蓋骨を砕き、脳を取り出して、答えを知りたいと考える。結婚における最も重要な疑問の答えだ。何を考えているのか?何を感じているのか?互いに対して何をしてきたか?」
最初に聞いたときにはニックがエイミーを殺害しているかのように聞こえる台詞だが、最後には全く違う意味に変わる。ニックには本当にエイミーの考えていることが把握はできるが理解できないのだ。最後に聞くこの台詞はニックの悲鳴なのだろう。これからも契約を続けていかなければいけないことへの。
ニックがこれほど恐怖を抱くように、エイミーの行動は確かに恐ろしい。しかし、エイミーはただただ恐ろしい女ではないのだ。そこには男女の不平等さに不満があるという理解できる点もある。「女って恐いよね…」という感想だけで終わってほしくない、エイミーのきっかけに想いを馳せてほしいと思うような映画だった。
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