35歳の誕生日を男に忘れられたので1人で銀座に寿司を食べに行った話
情けない話である。
別に35歳で結婚してないということや、好きな男に誕生日を忘れられたということが情けないんじゃない。
35歳にもなって男に誕生日を忘れられたことが悲しくて悔しくて意外とダメージをくらっちゃってる自分の幼きメンタルが情けないのである。
だって去年はあんなに楽しく祝ってくれたやん?日付が変わる30分前にプレゼント持って駆けつけてくれたやん?なんならつい最近あなたの誕生日を一緒に祝ったやん?なんで忘れる?なぁ、なんで忘れる??
この男は恋人なんかではない。「男」である。察しろ。察してくれ。そこらへんだけはいかにも35歳なりの荒んだ恋愛事情である。
「ごめん連絡遅くなった!今夜行く!」とかいうLINEも一向にこないお誕生日当日の正午。家で一人膝を抱えてNetflixを観ていた私だが、ある偉人の言葉を思い出した。
「自分の機嫌を自分でとれる人が大人。」
そうだ。そうだった。
あたい大人だった。自分の機嫌は自分でとろう。
自分のお誕生日は自分で祝おう。
よし、ザギンでシースーだ!!
かくて、私は35歳にして「ひとり寿司デビュー」をすることになった。
巨匠・湯山玲子先生が「女ひとり寿司」という本を出版されたのが2009年。
当時もすでに女の一人メシはずいぶん普通となっていたが高級寿司店だけはまだ敷居が高く、「ニッポンカイシャ主義の男サロン」として機能し、「オトコがイバれる最後の牙城」であった。と書いてあった。そこにクリント・イーストウッドのごとく単身勇ましく乗り込んでいく湯山さんの女ひとり寿司体験記を20代半ばの私はウットリと読み、強い憧れを抱いたものだ。
あれから10年。「女ひとり寿司」はもはや珍しくないらしい。
ちょっと検索すれば「おひとりさまもウエルカムなお店」「女ひとりカウンター寿司をやってみた」などのレビューサイトやグルメブログが溢れている。35歳の誕生日に女ひとりで寿司に行くことに若干のセンチメンタルを感じながら意気込んでいるなんて、自意識をこじらせ過ぎかしら。ヤダ私恥ずかしい!!
…と、一瞬思いはしたけれど。
やかましい。どんなに女ひとり寿司がメジャー化してたって、
私の初めてのひとり寿司デビューはかけがえのないこの一回じゃい。
思いっきり感傷に浸って食ってきてやるわ。
誕生日当日が日曜日だったこともあり、銀座の寿司屋はそのほとんどが定休日。しかも高級寿司店に一見の客が「すいません今夜ひとり予約できますか」と電話したところで「はぁ、あいにく今夜はずーっと満員どすなぁ」と返される。当然だ。そもそも無理なお願いをしているのはこちらだ。相手が京都弁に聞こえるのは私が卑屈になっているからだ。
3軒連続で玉砕したが、その次のお店。
「先程キャンセルが出まして7:30からなら大丈夫です」と。やっほい。
奇しくもそこは、女性大将が切り盛りするお店だった。
銀座でお寿司だ、おめかししよう。
結婚式の2次会でも何度か着たことのある小梅の柄をあしらった「ふりふ」のシンプルなワンピースを着た。スマホとハンカチしか入らない小さなバッグを持って家を出た。
地下鉄で銀座へ向かう道中、念の為、会社で一番グルメな先輩に初めての一人寿司で気をつけるべきことをLINEで聞いたところ「知ったかぶりさえしなきゃ大丈夫だろ」とのお返事。なるほどです。さらに「半可通が一番嫌われるから。童貞が「俺結構やってます」感で来て下手だったら最悪でしょ?」と続いた。おっしゃるとおりです先輩、私向けの分かりやすい例えありがとうございました。
そんなわけで、私は銀座のとあるビルの4階にある店に童貞が風俗嬢に土下座するが如き勢いで入店し「一人でお寿司屋さん来るの初めてです何も分かりません優しくしてくださいよろしくお願いいたします!!」と正直に身の上を名乗ったのである。
お店は満席。もちろんカウンターのみの小さなお寿司屋さん。
私はぽつんと空いた椅子に案内された。
左手にはいかにも歌舞伎座帰りかしらという小綺麗な奥様お二人組。右手には同伴というやつなのだろう、ホステスさんと大学の先生みたいな眼鏡にネルシャツのおじさん。
そして目の前のカウンターの中には…小柄で丸刈り、化粧っ気のまったくない女性大将。声も小さくささやくようで、積極的にお客に話しかけたりしないタイプの物静かな大将だった。代わりに愛想よく接客するのは背の高い眼鏡の若い男性。わからないことは全部その人が教えてくれた。
さぁ。いよいよお寿司である。
・・・。
・・・。
うん、ここのお寿司自体のレポートは端折らせていただきたい。
いやなんか、頑張って書こうと思ったんだけど、美味しさを伝えるのに使える語彙が少なすぎて。結局いろんなグルメブログのマネになってしまうし、レビュー書けるほど私、寿司経験ない。ただただ寿司を口に運んでは「おーいしーい!」と言い続けていた。本当に全部美味しかったです。水茄子から始まり、カレイ、肉厚のアワビ、シャコとタコ、ふわっふわで甘い穴子、噛みごたえのあるエビ、プリンみたいな卵、隣の同伴カップルのやつが羨ましくて追加でお願いしたトロたく巻、全部全部美味しかった!以上!!!
でも私ね、夢みたいに美味しいお寿司を噛み締めながら、いろんなこと考えたよ。
目の前の大将は私より少し年上かな。新橋の有名なお店で修行したんだって。今はちょっと伸びてる丸刈りの髪も修行中はほとんどつるつるにしてたんだとか。化粧もしない、爪も伸ばさない。それがイコール仕事を頑張っている証だと安易には結び付けられないけれど(おしゃれしない=仕事を頑張ってるということでは決してない)、でも彼女のそのスタイルは間違いなく彼女が意思を持って選んでそうしているスタイル。誰に言われるでもなく、自分でそうしようと決めて実行してきたから今の彼女がそこにある。そして小さくてもこのお店は彼女のお城。彼女が自分の意思で建てたお城。
そう思うと、今こうしてお寿司を食べてる自分の存在が、なんとも中途半端なものに思えてきたよ。数日前に美容室で少しだけ両サイドを刈り上げた髪型も急に恥ずかしくなってしまった。「35歳でちょっと攻めた髪型する私悪くないよね」なんて悦に入ってた私。でもガツンと頭半分刈り上げるほどの勇気もなく、前髪下ろせば隠せちゃうような中途半端な刈り上げ。
見た目を変えることは気分を変えてくれる。でもそれが根本的に自己肯定感を上げてくれるわけではないということを改めて感じた。私の自己肯定感は私の城を自分で建立しないと手に入らないらしい。爪を塗るより、髪を巻くより、分不相応な高いお寿司を食べるより。早く石垣を積み上げないと私はいつまでも迷ってばかりで、ずっと苦しい。早くお城を。
そんなことを考えている私の右手では同伴ホステスのお姉さんの明るい声が響いていた。彼女は出されたお寿司を本当に美味しそうに食べる。そして「美味しい〜!」と嬉しそうに言う。いい子だ。間違いなくいい子。そして私にも気さくに声をかけてくる。「お姉さん一人で来たの?ここのお店女の人一人でも来やすいよね。あ〜私、最初の水茄子からもう一度食べた〜い!」 なんていい子。こんな子とデートするのはそりゃ楽しいだろう。横にいる私まで楽しくなっちゃうんだから。そしてこれもまた、彼女のスタイルなのだろう。丁寧に巻いた髪、派手だけど下品ではないワンピース、女性の私が聞いても不快でない程度の猫なで声。ザッツ・銀座の営業スタイル。こちらもまたカッコいい人なのだ。
そしていつか私も城を持つことができたら、同じく自分の城を建立した女友達と銀座で歌舞伎を鑑賞して、左隣の奥様2人組のように帰りに寿司を食うのだろう。その頃には勸玄君が市川海老蔵を襲名して大活躍してるのかもしれないな。「海老さま最高だったわ〜」なんて言いながら私たちは日本酒をお代わりしてるのだろう。そうなりたい。
帰り際「初めての銀座の一人寿司、うちに来てくれてありがとうございました。今度はぜひお友達も連れてきてください」と見送ってくれた大将の控えめな笑顔は本当に素敵だった。
そんなわけで、35歳の誕生日のはじめての「女ひとり寿司」は、未知の体験の興奮もさることながら、改めてちゃんと仕事を頑張って生きていこうという覚悟を新たにできた貴重な経験となりました。しめて25,000円。良いお金の使い方を出来たと思います。
しかしこれをnoteにアップしようとしている今、その誕生日からもう1ヶ月半近く経つのにいまだに冒頭の男性から誕生日を祝ってもらってないのずっと納得できない。え、ほんと忘れてんの?マジで? そっかぁ…。
おしまい。
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