【学校のカイダン】
「屋上行こ?」
「いいな、青春って感じで」
「この階段を登れば屋上のはずだけど……」
「やけに長くないか?」
「……ちょっとそこで待ってて」
彼を踊り場に残し階段を下る。
「「え?」」
降りた先に、上にいるはずの彼が。
「ははは。これぞ『学校の階段』ってやつか!」
「笑えないんだよなあ」
***
「とりあえず、状況を整理しましょう」
私はアゴを撫でながら、推理を披露する探偵のように踊り場をうろうろした。
「ちょっと信じられないが、上に行っても屋上へ着かず、下に行っても元の場所に戻れない」
状況整理に付き合うように、彼が答えた。
「ええ。つまり、校舎の最上階から屋上へ続く階段に閉じ込められてしまった」
あえて言うまでも無いけれど、冷静さを保つためにも私は言った。
「そしてふたりっきり」
「ちょっと意味ありげに言うな!」
おどける私の言葉に、彼は少し顔を赤くする。
うーん、可愛いですなあ。
「こほん」
平静を保つように、ひとつ咳ばらいをして彼は言う。
「ともかく。まずいことに、何らかの怪異現象に巻き込まれている」
言葉に反し、どことなく楽しそうに見える。
「そうね。そして私たちは、この状況を何とかしたい」
今の状態から脱却するために、何をどうすればよいのか。
「そうは言うものの、どうすれば良いかさっぱり分からん」
そう言うと、彼は母性を刺激するような困り顔でうつむいた。
「なんかアイデアある?」
「そうねえ。そういえば私、実は陰陽師の末裔でね」
「そうなの!?」
めっちゃキラキラした瞳で見つめられた。陰陽師というワードにそそられたのだろう。
「正確に言うと末裔の近縁のそのまた近縁なんだけど」
「ほぼ他人じゃないか!」
真実を語ると、ちょっとしょんぼりしちゃった。
「大丈夫。多少なりとも知識があるから」
そう言って人差し指をピンと立てた。彼の目に再び好奇の色が宿る。
「現状から察するに、地縛霊のしわざよ」
「地縛霊?」
「昔、屋上で青春しているリア充を見て、「はあ、俺も青春してぇなあ!」……って思いつつもできなかった男子高校生の霊がいるらしいの」
「それで俺たちに嫌がらせするのか」
「地縛霊的には一緒に遊びたいみたい」
「階段に監禁して一緒に遊ぼうだなんて、さぞ変態的な遊び方を好むんだな……」
変態だなんて言わないであげて欲しいな。
「それでね。この地縛霊が作った空間から脱出する方法があるらしいの」
「おお、ちゃんとあるんだ。どうすれば出れるんだ?」
「青春っぽいことをしたら出られるらしいわ。キュンキュンさせるようなことをすると、地縛霊の心が満たされて、結界から解放してくれるらしいよ」
「へえ。例えば?」
「うーん、暑がる女子高生が「あっつ……」って言いながら、ブラウスの胸元をはだけさせるのを思わず見ちゃうとか?」
制服のリボンを緩め、ボタンを外し、汗ばむ胸元に手の平で風を送る。
「バッ、おまッ、やめなさい!」
露骨に照れる彼。やだー超可愛い。
「うふふ。うぶなんだから」
「うるさい。別にうぶじゃねえし」
「ん? 「そういうの、他のヤツの前ですんなよ」って? へえ。けっこう独占欲強めなんですねぇ」
「言ってねぇよ! ラブコメに持っていくのやめよう!」
ちぇっ。つまんないの。
「それで、他に面白そうな方法ないのか?」
「面白さを求められてる!? ……そうね、スポーツで競い合った話とかも効果的らしい」
「確かに運動は青春っぽい」
「でも、あなたは文科系部活のド陰キャオタクだから、どうせ語れないでしょ」
「その評価は否定できないが、その言葉を批判的な意味で使っているとしたら怖いぞ。主に読者が怖い」
「メタ的なツッコミは世界観を崩壊させるのでやめてくれる?」
「そのボケかツッコミか分からないセリフも十二分にメタなんだよなあ」
閑話休題。
「ともかく、代わりに私が語らせていただくことにするね」
「あるのかよ、地縛霊を満足させるようなエピソード。君も文科系だろ?」
「ええ。私は確かに文系だけど、とっておきの話があるの。とっても熱い青春ストーリーだから耳の穴かっぽじってよく聞いててね?」
***
とある水泳部員の話ね。
その生徒はとっても負けず嫌いで、勝負となると多少の無理は気にも留めなかったそうなの。
ある日、彼の前に潜水の名手が現れた。ここぞと言わんばかりに、負けず嫌いの生徒は潜水勝負を挑んだわ。
プールの中、息を止める両者。
水泳部の仲間たちは、水中の彼へ届くように沢山の声援を送ったの。
がんばれ、負けるな、という声は次第に大きくなって、気付けば人だかりができていたらしいのよ。
潜水でそんなに盛り上がるなんて想像つかないけど、それくらい、潜水の名手は有名な人だった。それに食い下がる生徒には、沢山の期待がかけられていたのでしょうね。
それから長い時間が過ぎて、やっと勝負がついた。
先に水面から上がったのは、なんと名手の方。生徒は大金星を上げたのよ。
生徒の所属する水泳部は大はしゃぎ。その日はお祝いとして、皆で焼肉に行ったらしいわ。
でも、当の本人はいくら呼び掛けても上がってこないから、とりあえず放っておくことにしたの。
その後、その生徒が勝負に負けることは二度となかったそうよ。
***
「どうかな、この熱い青春ストーリー」
「いやそれ、意味が分かると怖い話だから。生徒、死んじゃってるよね?」
「あら。いいツッコミね。私とあなたでコンビでも組む? 熱い青春ストーリーが出来上がるかもよ」
「お笑い甲子園で優勝を目指す、高校生芸人コンビ。紆余曲折を乗り越え、深まる絆。そしてその絆は、次第に恋愛に……ってやるかそんなん! ラブコメに持っていくのやめよ?」
「今のは君が悪いよね!?」
想定外のノリツッコミに、さすがの私もたじろいだ。
「しかし今のは効果が無かったみたいだな。周囲の様子は変わらない」
彼は相変わらず、ちょっと楽しそうに次を欲しがっている。
ちょっとリスキーだが、試してみるとするか。
「えっと、これはちょっと言いにくいことなのだけど……」
「なんだよ。早く言えよ」
「キスすると出られるという噂もあるわ」
「は!?」
「……私とじゃ、嫌?」
困り眉毛を作り、上目づかいで彼を見つめる。
「いや、そう言われましても……」
彼も同じく困り眉毛を作る。ただ、何とも表現しがたい渋い表情をしている。回答に困るのは俺の方だとでも言いたげだ。
「ぷふっ」
その顔がおかしくて、私は思わず吹き出した。
「ちょっ、変顔やめてよ!」
「なんだよ。君が先に変顔してきたんだろ」
「失礼!」
女子のあざと可愛い表情を顔芸呼ばわりとは不敬な。
「で、それはどこの誰から聞いた情報なんだよ」
「これは漫画研究会の知り合いから」
「持ち前の知識じゃないのかよ!」
「なんか、読んだ漫画に書いてあったとか言ってた」
「ソースにそれらしさの欠片も感じられんな」
「確か、「〇〇しないと出られない部屋」みたいな都市伝説の話だったかしら?」
「同人誌の読み過ぎだろそいつ!」
そう言って彼はツッコミの仕草をした。
「きゃっ」
それを避けようとした私の身体は、後ろによろめいてしまった。
「おっと……ごめん。大丈夫?」
とっさに、彼は私の肩を掴み、倒れないように支えてくれた。
「う、うん」
「急に驚かせてごめんな?」
「いや、大丈夫。当てるつもり無かったの分かってる。私が勝手にびっくりしちゃっただけだから」
そう、その点に関しては平気なんだけど。
両肩に感じる彼の手のごつごつした感触。
私を気遣う優しい言葉。それから、
「……ごめん、顔近い」
彼の瞳に至近距離で見つめられた私は、思わず顔を逸らしてしまった。
「す、すまん」
彼は私の体制が整ったのを確認すると、ゆっくり私の両肩から手を放す。
「……あれ? なんか今一瞬、階段の先が見えたような」
「地縛霊が、今のでキュンとしたのかもよ?」
「ラブコメ好きの地縛霊だったか」
「やだーん。むっつりさんなんだからー」
私は悟られぬように、あえておどけた調子で言った。
「まるで俺がむっつりであるかのように聞こえたが?」
いつもの調子で彼がツッコむ。
「まあでも、今のがいい線行ってたって訳か」
「そうみたいだね。とりあえず、他にも色々と試してみましょう」
……大丈夫。まだ冷静さは保てている。
***
その後、色々と策を講じていると。
キーンコーンカーンコーン。
「あ、予鈴」
「せっかく屋上行こうと思っていたのにな」
「っていうか、まだ教室戻れるかすら分からないけど」
「ははっ、ホントそれ」
「もう。なんでそんな楽しそうに笑えるわけ?」
「いやあ、ずっとこうやって話してるのもアリだと思って」
「へ?」
「だって、君と話してるの楽しいし。飽きないからさ」
「……」
「……あれ、なんか違和感が。もしかして、怪異現象解けたかも?」
「ほんと? 階段降りて確認してきてよ」
「ん? どうせだから一緒行こうぜ」
「いいから。しっしっ」
「……? わ、分かった」
コツコツコツ、と彼が階段を降りていく。
「お、普通に戻れた!」
「それは良かった」
「君も早く来いよー。授業始まっちまうぞー」
「分かってる。先に行ってー。……まったく、鈍いんだから」
彼が教室へ向かっていったのを確認しつつ、懐から「それ」を取り出す。
「あれくらいで動揺しちゃうなんて、私も鍛錬が足りないな」
結界術を発動させるためのお札が、「じゅっ」と音を立て消滅した。
陰陽師本家御用達のホンモノである。
発動者の精神が揺らぐとお札は消滅し、結界は解けてしまうのだ。
「もう、さっきから心臓うるさい」
胸に手を当てる。まだ、ドキドキが止まらない。
彼が近くに居なくてよかった。
高鳴る心音はあまりに大きく、聞こえてしまいそうで恥ずかしいから。
「……次は私がキュンとさせちゃうから」
恋という怪異にとり憑かれている私は、ゆっくりと彼の背中を追った。