細菌肺炎で入院していました。
今年の夏は異常気象で、暑さが続き、私のような高齢で心臓や肺や脳出血など患った者にとってはエアコンによる冷房が欠かせなくて、また、住いが狭く床はカーペットで、ちょっとした事で、窓やカーペットなどにカビが繁殖し、エアコンの風で舞い上がり、その細菌付きの埃を吸引した事により、えらいことになりました。
さる、9月24日のお昼過ぎに呼吸困難を伴う40度近くの高熱になり、かかりつけ医のもとへタクシーで急行、その場でDr曰く、「緊急入院が必要です。」と、ただちに救急車が呼ばれ、以前、心臓手術した東京ベイ浦安・市川医療センターに緊急搬送されました。
搬送時には頭もグルグル回り、もう、人生終りだなと自覚しました。
病院に付くと、すぐさま、まず、コロナ検査で鼻の奥まで綿棒でかき回され、数分でDrが「コロナじゃねーけど、あんたはバイキン持ちだ」と、そして、私の過去のカルテを見て、「なんだ、心臓もアタマもやってんのか」と、生きているのが不思議と言う風な目で見られながら緊急処置がなされてから内科の病室へ入りました。そして、翌日から朝、晩と地獄の抗生物質の点滴、この抗生物質は全身の筋肉も奪い、一週間で8K近く痩せ脂肪も無くなり、足は骨皮筋衛門となり、自然と歩く力も奪われても続く点滴で看護師さんが、鬼のように見え、つい、「いてーじゃねーかよ」とケンカ腰になっても、こっちは受け身の患者で「あんた、なにを言ってんだ,,, 」と若い看護師さんに言い返されると、言葉も出ず、うなだれるだけけでした。
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「メシは美味いか」と、若いDrが、、、美味いわけねーだろう!
病室では私の他に重症の3名近くの患者さんもいて、室内で手術も行われるものだから、(想像されたし、、) そして、夜には呻き声や、犬の遠吠えに似た叫び声で、一睡も出来ず、眠剤に頼らずに得なくて、眠りに付こうとすると、鬼の形相の看護師さんが、「おめーよー」と「インターネットをやってるだろうが、、、」と、さらに「なにぃ、原発労働者だと、、こんど、読んでやるよ」と、夜の夜中に言われて、ハイ、ハイと言って。仕切りのカーテンを閉めてもらい、やっと、少しの眠りに付くことができる毎日が続くのでした。
そのような、入院生活の中で唯一、助けていただいたのが、Tさんで、見舞いにも訪れていただき、退院するための準備もしていただきました。感謝しかありません。
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さて、Tさんに、頼んで病室まで送っていただいた本に井伏鱒二の「荻窪風土記」という随筆があり、入院中に少しでもアタマを回転させることができました。
この井伏鱒二の「荻窪風土記」には戦前、戦中、戦後にかけての、中央線沿線のなかで特に、阿佐ヶ谷から吉祥寺にかけての文士のこと、そして、太宰治とのつきあい、などで、入院中に文字を組み立てる上でも学ぶことができました。
今日はここまで、、、、