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お話を書いた。「猿の神様」
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私は夜の月明かりに両手を透かして見ながら躍っていると気づいた。
街灯や遠くの街の光点もとても明るく虹の輪を浮かせていた。
光の中に小さな天使たちが猿のように跳ね回っていた。
頭のなかで響き続ける電気的な間延びした音楽は地面をゆっくりと揺らした。
虹の光が私の胸の中に入ってきては心臓を叩く。
妄想的な私の頭には自分の体がクラゲのように透き通って光って見えていた。
そのうちに私の体の輪郭もぼやけて眼を凝らしてもぼんやりと焦点が合わなくなった。
朝、支度をしていると自分の指先が短くなって、腕も細くなっているように見えた。
よくよく観察すると指先が透明になって透けているだけで触感は元の長さ分あった。
腕も輪郭だけが透明になっていた。
私は軍手をはめ、つなぎを着て、動物園でクジャクの世話をする。
この仕事は小学生の頃から変わらない作業だ。飼育小屋が大きくなっただけだった。
成長記録をつけて、ご飯の小松菜とミルワームを鈍色の銀皿にいれて置いておく。
掃除をして他の鳥類の部屋も回りながら無意識に腕の透明度を確かめていた。
ある日の夕方、帰りにリスザルの檻に近づいた時、
透けていた私の腕の輪郭に肌色が滲むように戻って浮きでてきた。
猿の方は私を気にせず餌のはいった容器の穴に手を入れてかき回していた。
私はリスザルとのガラスの壁に近づいた。
元の肌と私の肉が帰ってくるような気がした。
リスザルは片手をガラス壁にあて、取り出した餌をもう片方の手で掴み、
私に顔を背けて食べている。
私はガラス越しにその手のひらを合わせながら、猿とガラスに映った私と腕の肌色を見ていた。
ガラス越しに私を元の私に戻してくれているのか。
退勤時間になり檻を離れた、リスザルが遠くなるほどにまた肌の色と境界が失われていく。
それから毎日夕方はリスザルの檻に通い、再生と消失の繰り返しを見ていた。
他の動物で一通り試したが肌を戻せるのはリスザルだけだった。
全身が透明になってしまったら自分はどんな生き物になってしまうのだろう、
そんな風にこの習慣を続けた。
ある日、リスザルの檻に取り出せるほどの隙間ができているのを見た。
一晩だけリスザルを預かってしまおう。
一匹だけリュックに入れて持ち出し、部屋の中に放した。
すると近くにいるだけで私の肌は完全に戻っていた。
リスザルをリビングにおいてお風呂に入りながら指先と腕を撫でてみた。
お風呂から上がると部屋に飾っていた写真や本は床に投げ出されており、
コードはちぎれ、服やソファが裂かれていた。
私は一緒にいることはできないリスザルの首を掴み窓から出してしまった。
どうしようもない。部屋をでて公園であの時と同じ月を見ながら体を揺らしてみた。
ただ体が冷えただけだったので部屋に戻ってベッドの上に寝床を作り横になった。
その夜、私は猿に追い回されて浅い海を水をかき分けながら洞窟に逃げ込んでいた、
傾斜になっている堅い岩肌を這い進みながら振り返ると、入り口で水面を両の手で打ち叩いている猿が見えた。無表情の顔の前に水しぶきが飛散している。
その時、目が覚めた。
いつもより早い朝だった。もう私の肘から下は完全見えなくなっていた。
その日、動物園の檻に戻したリスザルは両手をガラスにくっつけて、私の後ろの小窓から覗く虹の輪の太陽を見ていた。
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