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連載・君をみつけるために 第八章:君に勉強
過去投稿:2017/1/6
カリカリ
シャープペンシルでノートに文字を書く音が静かな空間に響く。後期の期末テストが冬休み後にある。その勉強のために、近衛さんの家に呼ばれた。今は二人で彼女の家で勉強している。誘われた顛末はこんな感じだった。
ある水曜日の放課後だった。
「澪君、ちょっと話があるんだ」
「うーん、どうした」
横にいる彼女は帰り支度をする僕に話しかけてきた。僕と彼女はクリスマスイブのあの日以来、会っていなかった。彼女から幾度かは誘いが来ていたが、会ったときにどんな顔をすればいいのかわからなくて、正直少し避けていた。
「勉強会しない、今週の金曜日」
「ああ、そっか、期末テストもあと二週間だもんね」
「そうそう、どうかな?」
「でも、2人ってどうなのかな? 板書を二人ともとってないし……」
咄嗟に出た断る口実にしては、理にかなってると思った。でも、すぐに二人でって言ったのは自意識過剰すぎたかもしれない。
「あ、大丈夫。小夜も呼ぶつもりだから」
「なるほど、仲さんがいれば安心だね。じゃあ、夏明けの再試の時の勉強みたいな感じか」
「そうそう、小夜にも声を掛けておくから、どうかな?」
「わかった。じゃあやろうか」
「じゃあ、金曜日は放課後残ってて、三人で私んちでやるから! じゃあ、今日は私は帰るね、ばいばーい」
「はーい、ばいばい」
仲さんがいれば何も問題ないだろうと思った。「仲さんがいれば」……。
勉強中、彼女はペンを置き立ち上がった。
「お茶なくなっちゃったね、新しく入れようか?」
「君が飲むならお願いしようかな」
「じゃあ、電子ケトルに電源入れてくるね」
彼女の家は一人暮らしなのに三人用で広かった。名目としては彼女の母親が来ても泊まれるようにということだが、彼女の口から母親が家に来ているという話は聞いたことがない。まあお金持ちが多い私立大の医学部じゃよくある話ではあるが。
「ねぇ、澪君、今晩どうしようか?」
「飯?」
「そうそう、もうご飯の時間くらいまでちょっとしかないし、先にどうするか決めちゃおうかと思って」
「まあ、仲さんが来てから決めればいいんじゃない? そろそろ来るでしょ? ちょっとLINEしてみようか?」
「あ、ちょっと待って!」
彼女はキッチンから戻ってきた。僕の前に座った。
「ごめん、言わなきゃいけないことがあるの……」
「うーん?」
「今日、小夜来ないの」
「え?」
「というか、小夜を私誘ってない」
「なんでまた? だって、勉強会じゃん」
「……勉強会はついで、本当はあなたと二人っきりで過ごしたかっただけなの、ごめんね」
「マジか……」
彼女は返事はしなかった。彼女はゆっくりと顔を近づけてきた。僕も顔を引いたりはしなかった。そして、距離がゼロになった時唇と唇がそっと当たった。唇が重なったまま、彼女は腕を僕の後ろに回した。長いキスだった。ただ彼女からの思いが流れてくるような気分だった。時間が経った後、彼女はついに腕をほどき、立ち上がった。
「今日はここでご飯を食べて行こうよ! それに良ければ今日は泊まらない?」
「あえっと」
「いいや、とりあえずご飯は食べてよ! そのあとのことはまた後で、ね?」
彼女はまたキッチンに戻ってしまった。二度目のキス、そこには特別な意味があるような気がした。
彼女が戻っていったキッチンからは水が流れる音がしたのちに、包丁が物を刻む音がし始めた。
「……なんじゃこりゃ……?」
最近、自分が嫌な奴に思える。目まぐるしく変わっていく自分の周りについていけず、自分の意思を持たず女性の勢いに流されている気がする。ただただ周りの女の子に流されている気がして……。
彼女が料理をし始めて少し時間が経ったら、勉強をしていた部屋に残っていた彼女のスマートフォンが鳴り出した。僕は彼女に声をかけた。
「近衛さん~! 携帯が鳴ってるよ」
「あっわかった、今行くね」
彼女は戻ってくると、スマートフォンをとって電話に出た。
「もしもし? うん、ありがと! へー、今東京にいるんだ!」
彼女はスマートフォンのマイクを指で軽く押さえて、音が向こうに聞こえないようにすると、僕に小声で言った。
「お母さんだった。なんか久しぶりに東京に出てきたらしいの」
彼女は指を外して会話を続けていると、彼女の声の調子がおかしくなっていった。「うん」「うん」と繰り返したのちに、彼女は最後に
「わかった、じゃあまたあとでね」
彼女は電話を切ると少し悩んだ様子で言った。
「あのさ……今日、お母さんが来るらしいの……」
「あ、そうなんだ! じゃあ、僕はどうしたらいい?」
「帰ってもらわないとまずいんだけど……もう」
「……?」
「もうこっちまで歩いているみたいで、あの感じだと5分くらいで着きそうなの」
「マジか……」
三秒くらいの沈黙の後に、僕は言った。
「急ピッチで帰る準備するね」
「うん、お願い。ごめん」
こんなにも焦るのは、彼女の母親はこういう話が大好きで、首を突っ込むのが好きらしいからだ。彼女の話を聞くところによる彼女の母親については、本当に帰った方がよさそうなので、準備をしたが手遅れだった。
ガチャ! バチン!
「え、マジか。早すぎない?」
彼女はそう言った。すると、声がした。
「ちょっと、綾子~ドアロックがかかったままよ。開けて~」
「あ、今行くね。ちょっと待ててお母さん、今料理中だったから」
彼女は俺の耳元で囁いた。
「こうなったら仕方がないから、テキトーに対応して。あと、あの人には嘘だけはつかないで。あとあと厄介になるかもしれないから」
「わかった」
彼女は玄関に向かった。僕もついて行った。そして、彼女はドアロックを外して、お母さんを招き入れた。彼女のお母さんはいわゆる美熟女といった感じ、年齢不詳な感じだった。
「もう大変だったわよ、久しぶりに新幹線がね……あの、綾子どちら様?」
彼女のお母さんと目が合った。
「えっと、こちらはクラスメイトの」
彼女は僕を紹介しようとしてくれた。
「あ、えっと楠本澪と言います。初めまして、綾子さんのお母さん!」
一瞬、僕を見て彼女が驚きながらも喜んだ表情を浮かべた。そして彼女は僕の発言に続けていった。
「そう、澪君っていうの!」
「そうなんですか! じゃあ、あなたがね……フフフ。あ、私は綾子の母親の近衛早苗って言います。よろしくね」
「えっと、今日は勉強会だったんですが、お母さんが来たとなるとお邪魔ですよね? お暇した方がいいですよね?」
「いいえ、気にせず! 久しぶりに娘とご飯を食べたくなっただけだから、せっかくだし三人でご飯を食べましょう! その前に、綾子ちょっとお手洗い借りるね」
早苗さんは靴を脱ぐと、トイレに行ってしまった。すると、彼女は大きなため息をついた。
「完全にやられた……」
「どーしたの?」
「いや、昨日ね、どーせご飯を作るなら失敗したくないしお母さんにレシピとか聞いたの……それで感づかれたんだわ。私としたことが……」
「まあ、しょうがないさ。ご飯食べたら、できるだけ早く帰るさ」
「それで済むといいけど」
彼女の母親の早苗さんはトイレから出ると、2人で調理を始めた。いわゆる近衛家に代々伝わるの家庭料理を作るらしい。これまで、異性の家に行ったことはあったが、その異性の母親が作ったご飯を食べるなんてなかった。いわば、交際相手のお母さんを交際相手に紹介してもらったことがなかった。でも、付き合ってもいない状態なのにこんなことになるなんて。2人が調理をしている間、勉強するのも失礼なのでダイニングで静かに座っていたすると、調理中の早苗さんが話しかけてきた。
「えっと、澪君でしたっけ? あなたはどんな方なの?」
「お母さん……ちょっと」
「いいじゃない! これから一緒にご飯食べる人のことを知りたいじゃない」
「もう……」
「えっと、何から聞こうかしら……出身はどこなんですか?」
「東京です」
「そうなんですかー! じゃあ、実家暮らしですか?」
「そうですね」
「私たちは神奈川の小田原なんで、娘には一人暮らししてもらってるんですけどねー。やっぱり、一人暮らしさせていると心配なんで、こうやってたまにご飯を作りに来るんですよー」
彼女から聞いた話ではこんなのは初めてらしいので、わざわざこんなことを言ったということは口実を作りたかったようだ。
「両親はなにをなさっているんですか?」
「えっと、父は医師をしています。母は昔は専業主婦だったんですが、僕が高校はいると同時に臨床心理士を復職しました」
「じゃあ、代々医療系ということかしら! ご立派ね!」
「ありがとうございます」
その後、調理中も食事中も身の上のことを根掘り葉掘り聞かれることになった。恐らく、自分の家に傷がつくように娘の交際相手は嫌らしい。だから、ここまで聞かれたんだと思う。ちなみに、両親の仕事以外にも、開業しているか否か(開業はしていない)、出身校、兄弟(妹が一人)等いろいろ聞かれた。なんとなく彼女が両親に彼氏を紹介したくないと言っていたことや、彼女にこれまでちゃんと付き合った彼氏がいない理由が分かった気がする。
そして、ご飯を食べ終わってからもずっと雑談をしていて9時頃になると、ついに彼女の母親はあの質問をしてきた。
「で、二人はいつから付き合ってるの?」
付き合っていないのに、この質問はキツイ。なんと答えようか悩んだ結果、彼女の言葉を思い出した。「あの人には嘘だけはつかないで。あとあと厄介になるかもしれないから」正直に答えることにした。
「いや、付き合ってないです」
「え、そうなの? 綾子、そうなの?」
「えぇ……」
彼女も困ったようで答えた。嫌な空気が流れた。その次に何を言おうかと考えようとした時、早苗さんが話しだした。
「正直ね、付き合う前の女の子の家に来るってどうなのかしら?」
「すいません」
「お母さんちょっと待って。澪君はそんな人じゃないもん」
「あの、実は今日の勉強会は本当は女の子の小夜さんって子も来る予定で、ちょっとしたトラブルで来なかったからこうなっただけだったんです。別に僕と綾子さんの間に別になにもないです」
僕は嘘をついてしまった、厄介なことになるかもしれないのに……。
「じゃあ、二人は付き合う予定はないのね?」
「えっと、それは……」
ブーブーブー。間が悪いことに、彼女のスマホがバイブした。彼女はスマホをもって通話に出るために別室に移動してしまった。すると、早苗さんとダイニングで二人きりになったタイミングでまた話しかけてきた。
「あなた、彼女は?」
「……いません」
「本当?」
「はい」
「ならよかった!」
早苗さんの顔はほぐれて安心した。
「そうだ、あと気付いているだろうけど、あの子あなたのことが好きよ」
「え……」
「驚いたふりが下手ね。あの子の冷蔵庫の材料、二人分くらいしかない。最初から二人で食べる気だったから、女の子を呼んだっていうのも嘘ね」
早苗さんは簡単に嘘を見破ってしまった。
「本当に付き合ってなくて、その嘘にあなたが関与してないなら、綾子も強引になったものだわ。まあその感じだと、ここに来るまで小夜ちゃんだっけ? その子が呼ばれていないことは知らなかったみたいだね」
「……」
「図星ね、フフフ」
早苗さんは口元に手を当てて上品に笑った。
「あのね、もしも良かったらあの子と付き合ってくれない?」
「え?」
「あの子にはこれまで酷いことをした。あの子は彼氏がいることが隠せないタイプだから。すぐに感づいてダメかいいか言っちゃって、あの子からまともな恋愛をするチャンスを奪っていたの。あの子が浪人の間恋愛しなくて、その時になってそれにやっと気が付いたの」
「そうなんですか……」
「でも、あなたは私が思う綾子を幸せにしてくれそうな基準を満たしてるし、できれば付き合ってあげて欲しいのよ」
「……そうですかね?」
「ええ! 私の目に狂いはないわ! ダメ男だったら、速攻で追い出す気だったけどそれをしなかった時点で正直私はあなたがお気に入りよ」
彼女が電話から戻ってきた。すると、早苗さんは小声で言った。
「私はもう帰るけど、くれぐれも綾子をよろしくね。あと、するのは交際してからにしなさい」
「お母さん、ごめん。友達からだった。そういえば、お母さん今日は泊まるの?」
「いいえ、帰るわ。ちょうど帰ろうと思ってたの。綾子、下までおくってくれない?」
「うん」
「じゃあ、僕も」
「いいの、楠本君は、お客さんだしね。綾子、行きましょう!」
「うん、じゃあ、澪君は待っててね」
早苗さんは着てきたコートを羽織りなおすと、彼女と一緒に玄関から出て行った。すると、ドッと疲れがやってきた。送り終わって、戻ってきた彼女も疲れていて、またしきりと謝られた。その後、今日のところは帰ることになった。
まさか付き合う前の女の子の母親に、「娘と付き合って」なんて言われるなんて……。
写真:川にカラスって、なんか変な非日常を感じる