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あの時、あの瞬間、ああしていてもセカイは変わらない

ifの世界があればいいのに。


大学のキャンパスの中の道、今日は授業は午後からだった。すっかり東京の冬にもなれた。こっちに越してきた初めての冬はすごく肌寒かったが、今では板についたようなものだ。キャンパス内の木々はすっかり木の葉を落として、随分と気楽そうに見えた。

教室までのただの道のり、目の端に前から歩いてくる彼女が写った。思わず心の中で、「あっ」となる。なるべく自然におかしく思われないようにスマートフォンをポケットから取り出す。うつむき気味の俺の目線は実際にはスマートフォンを見てはいなかった。

その視界の端で、彼女は俺の存在に気付いたような素振りを見せた。彼女はまっすぐ歩いていたのに、立ち止まって少し歩いて興味もないのに白々しくキャンパスの木を見上げ始めた。
随分と避けられている。こんな子だっただろうか、そんあ疑問さえも浮かんでくる。

俺は背を向けた彼女の横を通る。思わず心の中でつぶやく。
「そんなにあからさまに避けなくてもいいのに」

「え?」
彼女は振り返り、声をあげた。
「あ!」
俺も思わず声を出してしまった。どうやら心の中で言ったつもりの言葉は言葉として口から漏れ出ていたようだ。

振り返った彼女と目が合った。目が合ったのは2年ぶりだった。何度も目線を避けられた経験のせいか、何も声が出ない。蛇に睨まれた蛙とはこのことなのかと思った。

彼女も目線があってしまった以上、引っ込みがつかないのか、しどろもどろしながら言った。
「お疲れ様です、武井センパイ……」
「お疲れ様、河野さん」
俺もとりあえず返事をしたが、また無言の時間が流れる。

「じゃあ、失礼します。久しぶりに会えてよかったです」
淡白にそう言うと、彼女は合っていた視線を下に向けると俺の横を通って去ろうとした。
なんだか腹が立った。確かに気まずいことがあったかもしれないが、ここまでのことをされる筋合いはないはずだ。これまで何度もすごく避けられた記憶が刹那の中で頭を駆け巡る。そして、また思わず声が出てしまう

「ちょっと待ってよ」
彼女は何も言わず、背を向けたままである。俺は続けていった。
「どうしてもいいたいことがあるんだけどさ」
彼女はこちらに少しだけ振り返った。ただ無言のままだった。
「あの時は申し訳なかった、悪印象を与えても仕方がないなと思う。ごめんなさい」
俺は頭を彼女に向かって下げた。彼女はようやっとこっちを完全に見て、俺に向かって言った。
「いや、別にあれはセンパイが悪い訳じゃないです。ただちょっとショックなだけだったです。ないなって思っただけです」

……下手に出たのにすごい言われようだ。気を使って気を使って、ただそれを間違えたのにそれを大罪人のように言う。一度のミスで恋は終わって、一度のミスですれ違うたびに気まずい思いをする。
せっかく下手に出たのに、彼女をせめてしまった。
「そうか。でもさ、こんなにあからさまに避ける必要があるのか?」
彼女は溜息をつくと、こう返した。
「それはセンパイが避けるからです。気まずそうにするから、こっちまで気まずくなった。センパイとはそういう仲にならなくても、いい友人になれる気がしていたのに」


・・・・・・

2年前、俺の所属しているサークルの新歓にやってきたのが河野さんだった。たった1度の邂逅だったが、それは別に衝撃的でも特別でもなかった。いわゆる運命の出会いやら赤い糸を感じるようなものではなく、ただ話が弾んだだけだった。
そう、ただ話が弾んだだけだったのに、とても楽しかった。同じバンドが好きでそのバンドの話で盛り上がって。最新のアルバムの話なんかもして、はてには俺の取れなかったライブのチケットが余ってるから一緒に行かないかと言われた。
ただ新入生は色んな意味で先輩を立てる傾向がある。だから、是非行きたいねーと軽く流して、本当に行きたい人がいなければ、また誘ってよと言う程度におさめて連絡先も交換しなかった。

結局彼女は俺の所属しているサークルには参加しなかったが、別の日にすれ違ったときに声をかけてくれた。
「結局、チケット余ってるですけど、一緒に行きますか?」
わざわざまた声をかけてくれたことが嬉しくて、思わずOKを出してしまう。きっとこの時点でどこかで俺は期待をしていたんだと思う。

2人でライブに行って、帰り道で大学での人間関係について相談されて。別日に2人でバーに行ってみて、帰りには「先輩と飲み行く機会があるなら後輩としては割り勘でもいいんですけどねー」とまで言ってくれた。
でも些細な問題があって、連絡は途絶えてしまった。結局、何もなく進む。彼女の1年生が終わるころにまた飲みに行かないかと誘ったが、それも断られてしまった。
それで俺の恋は終わったのだが、あの時連絡を書面ではなく、ちゃんと電話で伝えていたらと思うことは多々ある。

・・・・・・


今、目の前にいる彼女と付き合いたいということはない。ただ未練がない訳じゃない。スッキリしない気持ちをスッキリさせたかった。あの時の自分の決断が間違っていたかったのかを知りたかった。

「どうすればこうならなかったとおもう?」
俺は彼女に思っていた疑問をそのままぶつけた。本当はもっとちゃんとした質問したかった。でも、どうしても言葉にならなかった。
彼女はその質問を受けて最初はきょとんとしていたが、少し考えると少し微笑みながら言った。
「センパイはなんか勘違いしてますか? 確かにセンパイのアレがなかったらいい先輩後輩関係になれてたかもしれません。でも、多分どうなっても付き合ってるという未来はなかったです。だって、私はあの時別に好きな人が出来ちゃいましたから。ちょうど、センパイのことがあったこともあって連絡しなくなりましたが、そっちが本音ですね。じゃあ、失礼しますね」

彼女はそういうと次は本当に去ってしまった。彼女の去り際をただただ眺めることしかできなかった。ただなんかが肩の気が抜けた気がする。
冬の冷たい風が顔へ刺さる。でも、やっぱり東京の寒さは山梨よりは幾分マシかもしれない。そう思いながら、帰路に就くことにした。



わたしたちは日々後悔する。些細な悩みから大きな決断まで。そして、やっていたら? やっていなかったら? って後悔を抱える。でも、そこに本当にifはあるのだろうか?

あの時、あの瞬間、ああしていてもセカイは変わらない。

そんなことばかりだ。

写真:夜

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