連載・君を見つけるために 第一章:僕を親友として僕を男性としない人
過去投稿:2017/1/6
ガチャ。
道場のドアがふいに開いた。入ってきたのは1人の女性だった。ポニーテールで、少しボーイッシュな恰好をした女性だった。
「やっぱりいたな、楠本君!」
「よっす」
「てか、授業でなよ! ノート貸さないよ!」
「ごめん、てか仲さんはどうしたの? 今日は部活ないよ」
「いや、自主練。うち部員少ないからこの前の秋の大会出れたけど、経験者なのにあんまりいい結果出せなかったし、練習を増やそうと思って」
そういうと、空手部の女子更衣室に入ってカーテンを閉めた。彼女は仲小夜で数少ない空手部(合計12人)の二人しかいない女子部員の一人である。
「今日は出席とる授業はあった?」
カーテンの奥の彼女に話しかけた。
「あったよ! まあ、大又先生の授業は毎回あるじゃない!」
「あー、そっか。完全に忘れてた……」
「毎週、そういってない? まあ今日もダイヘンしておいたけど」
「悪い。ありがとう」
カーテンが開いた。空手道着を着た彼女が出てきた。
「今度、酒を奢ってもらうから」
そう言うと、蹴りを俺の頭のすぐ横で寸止めした。
「危ないな!」
「あなたが謙虚な心を忘れたら、蹴りこむからね」
にやりと笑った彼女は足を下げると、道場にはいって行き、体をほぐし始めた。俺も道場に戻っていき、巻き藁の前に立った。
「そういえば、最近どうなの?」
「最近どうってなにが?」
「いや、最近疲れてるし、君が練習に来るときは何かを理由には付けてるけど、本当はストレスが溜まってる時だから」
「……よく見てるね。その通りなんだけど、出会って半年ちょっとの人の心情をよくそんなに読めるね」
「まあ、昔、いろいろあってから人を良く観察するようになったから」
「その話は今度きくね」
「絶対聞かないパターンだな」
「間違いないね」
彼女はまた笑った。しかし、すぐにまじめな表情に戻ってため息をついた。
「で、どうしたの?」
「悩み事は変わらないよ。前話したこととほとんど悩みが変わってない」
「じゃあ、また恋愛系か」
「またってなによー! まあ、あなたとは違って勉強の方はできるから勉強の悩み事はないもんねー」
「いいよ、そのことは……。それは別に進級して医者になって、たくさん人を助ければいいのだから。で、どうしたの?」
「太田君のことなんだけど」
太田とは僕と仲さんの共通の友達で、僕とも毎日挨拶してくだらない話をする程度には仲がいい。硬式野球部に所属する彼はスポーツ万能の快活な奴ではあるが、少し困った奴でもある。異性にモテて色んな女子とは話すものの、誰か一人に絞ろうとしなく、彼女は現状いない様だった。彼のそういうところが嫌いで、やっぱり羨ましいっていう感情はあった。簡単に言えば、男友達としてはとてもいい奴だとは思っているけど、恋人としてはゴニョゴニョって感じの奴だ。
「ああ、あいつかぁー!」
「そう!」
「あいつのことなら相談には乗れるけど。でも、話すときのテーマは大体がくだらない話だし、異性出てきても結構下ネタが多いから、あいつの好みとかは知らないけどいい?」
彼女はそういう言われると少し考えたようだった。まあ確かに必要な情報が手に入らないのに話す奴はいないのは普通だし、この相談はもう終わりかなって思った。でも、彼女はつづけた。
「別にいいや。あなたのことが信頼してるし、そんな友達の意見を聞きたいだけだし、彼の好みとかの情報って言うよりは男性の第三者目線から見てどんな感想を持つか聞きたいだけだからさ」
「了解。それなら聞くよー。」
それから彼女は惚気ながらも、彼との急接近や彼のやさしさについて語り出した。個人的に、人が人を愛している時のその人物は輝いて見える。今、太田について語る彼女は目がキラキラしていて、とても……可愛かった。その時、友達としてはもってはいけない感情を彼女に向けそうになったのは認めよう……。一通り語った彼女は目をよりキラキラさせながら、聞いてきた。
「こんな感じなんだー」
「ほう」
「ねえ? ねえ? どう思う、行けると思う?」
「何がいけるってことだよ? でも、単純にそれだけを聞くとあいつは仲さんに気はありそうだよね」
「やっぱり、そう見えるよね? いやー、彼がモテるから心配だったんだよね!」
「うーん、でもそれでも、ちょっと心配なところはあるけどね」
「それってなに?」
「いやー、不確定なことだからそっちがどうしてもって言わない限り言わないよ」
彼女はまた少し考えだした。さっきより少し長めだろうか。悩み終わったのか彼女はつづけた。
「じゃあ、どうしても!」
「少なくとも僕はあいつから仲さんがどんな人からは聞いてないし、話題としても仲さんの話題は特筆して出るわけじゃないんだ。僕はあいつの友人でも結構話してる方だと思うしさ」
「それが、どうしたの?」
「うーん、普通だったら、狙ってる異性がいるならその人の話題が多くても不思議じゃないじゃない? 意識的にもかもだし、無意識にもそうなりそうじゃない?」
「……確かに」
「それに、恋愛の話になると「学部はない」って言ってるし、なんかその辺の不一致も気になるしさ」
「でもでも、私と楠本君が仲がいいのを知ってて、敢えてあなたとはそういう話をしないっていうわけじゃなくて?」
「それを知ってたとしたら、俺にどういう人が好みか聞いてきてとか頼まれそうだし、もしも知っててそんな話を避けてたとしても、仲さんの話を意識的に0にするのは簡単だけど、ほど良くするのって難しすぎない?」
「……怪しまれない程度にほど良く話してるってことか……それとも気がないのか」
「もしも前者だったら、めっちゃ恋愛慣れしててすげぇけどな、ハハハ」
「他人事だからって、笑いやがって」
「だって、他人事だもん。あいつは人間としてはいい奴なのは認める。顔はいいしスポーツ万能だし、どこか快活だし。モテるのはわかるけど、まあ彼氏になったときにきっぱり今の女子体制を変えられるかってところじゃない?」
「それって要は浮気しそうってことだよね?」
「直喩は控えたのに。まあまあこれは僕の意見だから。大事なのは自分の意思だし、自分がやりたいようにやりなね」
「うーん」
その後、彼女と一緒に自主練をした。彼女の蹴りはいつも以上に力が入っていて、でもどこか気合がなかった。とても申し訳ないことをした、と思いながらも自分の様に人間不信にならないでほしいと思っていた。まあ、僕の原因は恋じゃないんだけどさ。
写真:高尾の参道より 太陽はまぶしい