連載・君をみつけるために 第七章:君とデート
過去投稿:2017/1/6
ブルブル。
スマートフォンがバイブした。時間は朝八時だった。冬休みももう終わりだというのにこんな朝から着信とは誰だ。仲さんだった。
「もしもし」
『あ、起きてた!』
「うーん、でなんかようかい?」
『今日は暇?』
「家で寝る用事がある」
『暇ってことね。じゃあ、十時半に明大前駅、改札は出ないでね! 待ってるから』
「えっ?」
『女の子をこんな寒い中待たせないでね! じゃあ!』
「おい、ちょっと待って」
『はーい!』
ツーツー。
電話は切れてしまった。口調からして本気で来いって感じだし、行かないと寒空の下に女の子をボッチにするという所業をした糞男になってしまう。そう思って、しぶしぶ準備を始めた。
明大前の駅にはまともな改札口は一つしかない。そこで彼女を待っていた。隙間が多いせいか、随分と寒い風が吹いている。顔をコートにうずめながら、ボーっと最近のことを考えていた。これまで、恋愛について何もなかった自分の人生に大きな波風が立っているような気がする。いやもしも仲さんが単純に友情で、近衛さんが誰にでもああする人間で、遠藤さんに特別な感情がないなら、なんにもないがそうとは思えないのが実の話である。ポロッと一言がこぼれた。
「寒いな」
「確かにね」
そうつぶやいた瞬間、誰かが受け答えた。驚いて横を見ると彼女がいた。彼女は学校では見たことがない茶色のコートを羽織って、中は暖かそうな灰色のワンピースを着ていて、強くてかっこいい彼女とは違った。いつも運動用にまとめている髪も綺麗なストレートロングになっていた。それはもうとても大人びていて、綺麗だった……。
「仲さん! びっくりした……」
「おはよ! 楠本君ボーっとしてるんだもん。いつ気付くかなって横にいたのに全く気付かないし面白いね」
「人で遊ぶなよ。で、どこに行くつもりなんだよ?」
「……動物園」
「え?」
「動物園! 行きたいの!」
「行けばいいじゃん?」
「でも、どっかの誰かさんが2回も人の恋愛を消すから、行く相手がいないの!」
「1人でいけばいいじゃないの?」
「はい、うるさーい! 私は動物園に1人で行くような寂しい奴じゃないの私は。はい行くよ」
彼女は僕がついてきていることをチラチラ確認しながら、高尾山口・京王八王子行き方面のホームに向かった。明大前から高幡不動まで、そこから多摩動物公園駅へ。車中で話すことは大学での他愛ものないことの数々。別にそこに悲しさも辛さもないけど、どこか物足りなさはあった。自分でもゲスイとは思うが、近衛さんや遠藤さんとより進んでいると僕自身が勝手に思っているから、そうどこかで思っていたからだと思う
動物園についてからの彼女はただの子供だった。彼女は俺の手を握って激しく連れまわした。女子の手はいつまでたっても慣れない。小さくて冷たくて、どこか弱弱しい。空手をやっていて彼女の華奢な肉体からじゃ想像がつかない上段蹴りで大抵の男性を倒してしまう、そんな彼女もこの瞬間だけは、1人の乙女になる。
「ねぇ」
「うん?」
彼女は敷地内のコアラ園のコアラを見ながら、問いかけてきた。
「歩美ってそんなにいい女?」
「なんだよ、当然」
「だってさぁ、いっつも私だけ話してて、そっちなんにも言わないじゃん、ずるくない?」
「そうかな? 俺は聞いてあげているつもりなんだけど?」
「随分と上から目線だけど? てかいいじゃん」
「まあ、それもそうか。いい女かはわからない。でも、僕は彼女のことは好きだよ」
「でもさ、進展がないじゃん。相変わらず、挨拶だけでしょ?」
「それがそれだけじゃないし、最近連絡も取ってたりするんだなこれが」
「え? 嘘だ、嘘だ! だって、そんなチャンスあるはずがないじゃない」
彼女は驚いた。でも異常な驚きだった。まるで、そこには驚き以外の感情もあるようにさえ感じた。
「いや、じつはこの前の忘年会の後にさ……」
忘年会の飲み会終わりの話をした。別にやらしいことはしてないし、恥ずかしいこともないし隠すことでもないか、と思って全編を話した。きっと彼女のことだ。
『勇気がなさすぎ、もっと頑張れよ』
とか言うんだと思ってた。でも、全然違った。
「で、最後に彼女が『別れても自分に自信が持てるような勇気が出せるように祈ってて』って言ってネカフェのカップルシートから出て行ったって感じ。それからは一言二言なら確実に、多い時は1日中、LINEしてるような感じだよー」
そして、彼女の僕の予想を完全に覆した反応がこれだ。
「ふぅん」
これだけだ。そのあとはコアラが可愛いだの、ライオンが意外とかっこ悪いだの。虫園は意外と楽しいとか正直、動物の話だけ。そのあと、一緒に調布で早目の夕ご飯を食べたがそれでも話は動物の話だけ。正しくは何かを話すことを避けるため、上書きするように話し続けた。僕が話そうとすると、全力で無視された。自分の話ばかりの彼女に少し怒りも感じた。でも、それを許している自分もいた。
調布駅に戻った時についに彼女は突然違う話をした。
「ねぇ」
「なに?」
正直、怒っていた。でも、彼女はそれをわかっているだろうけど続けた。
「もうちょっと時間をくれない?」
「どーした」
彼女は明大前に向かう新宿行きの電車のホームから僕の手を握って走り出した。エスカレータに乗って、止まっていた電車に乗った。その電車は僕らが乗ると同時に、ドアが閉まり走り出した。
「どーしたの?」
「よみうりランドに行きたいの! イルミネーションが綺麗なんだって」
そこから彼女は人が変わったようだった。まるでなにかを思い切って心がすっきりした人のようだった。話す内容も今後、どんな人と出会ってそしてどんな人と付き合うか、そこには前向きで明るいかつての彼女がいた。にしても、彼女の話す自分の理想の相手はどこかで出会ったような気がする人間像だった。
駅で電車を下りて、看板に案内されてよみうりランドのある丘のふもとにあるリフトに着いた。僕と彼女はリフト用のチケットを買って二人で丘を登って、よみうりランドについた。2人で入ったよみうりランドには、別世界があった。もちろん、普段からじゃお目にかかれないビルではない大型のアトラクションもあったが、それ以上にすごいのはそのイルミネーション。カラフルに色づけられた各施設は全く違う姿をしてた。
僕はその風景に見とれた。彼女もまた見とれた。
「綺麗……」
そう言った彼女の口からは白い息が吐きだされて、それがイルミネーションを反射して虹色になった。彼女の横顔は……また綺麗だった。2人でぐるぐる色んな場所を回った。どこもたくさんのLEDで色づけられ、本当に美しかった。彼女は動物園の時とは打って変わって、静かにはしゃいでいるようだった。よみうりランドを一周し、この時期限定のイルミネーションや噴水とライトアップの3つの企画も見終わり、入り口付近まで戻ってきたときに彼女が唐突に言った。
「あのさ、観覧車乗らない」
俺がなんでか、って聞こうとしたときに食い気味にすぐに彼女は言った。
「ほら、景色は上からの方が絶対綺麗だし! ね!」
そういわれて、一緒に観覧車の行列に並んだ。15分程度と言われたが、その間は会話はなく、ただ手を繋いでいた。どっちから手を繋ごうとしたわけでもなく、気付いたらしていた。ある程度列が進むと、大きく列が空いたスペースがあって、係員がいた。どうやら観覧車があるのが敷地内でも小高い丘になっているのを利用して、よみうりランド全体とのイルミネーションを背に、写真を撮ることができるサービスをやっているらしいです。すると、係員は尋ねてきた。
「お二人はいかがですか? 1枚500円になります。観覧車に乗っている間に現像いたしますので」
彼女は繋いでた手をギュッと握りしめなおして、僕に言った。
「撮ろっ!」
「お、おう」
係員の案内でそのスポットの中心に立たされて、「ハイチーズ」の掛け声の後に写真を撮られた。受け取りは観覧車の出口らしく、そこで会計も済ませればいいらしい。また列に戻ったが、会話はなかった。ただ手を繋いで待った。そして、順番が回ってきて二人で乗った。僕と彼女は対面するように座った。
乗ってからの彼女はただ「綺麗」を繰りかえすばかりだった。僕もまた言うべきことが見つからず、彼女につられて「綺麗」だと言った。だけど、彼女は頂上付近に来て、景色を一通り見ると言葉を発した。
「じつはね」
「うん?」
彼女はうつむき、一考するとつづけた。
「あなたと話してると思うの。私って悠長だなって。したいって思ったことには期限があるって勝手に思って、その期間ギリギリでこなそうとする。それって馬鹿だよね」
「でも、期限って何事ってわけでもないけどあるものもあると思うけど」
「あるにしても、私の見積もりって甘いと思うの」
「うーん」
すると、目の前にいる彼女は前にいる僕を見て、手を繋いできた。そして言った。
「だから、今回はいつもより急いでみることにしたの。でも、まだ勇気がないんだ。だから、頑張るからそれまでは待っていてほしいなって」
気が動転していて何を話せばいいのかわからなかった。何かを言おうとした時、観覧車が終わってしまった。それから、彼女と僕は観覧車出口付近の写真を現像してくれるコーナーで1枚ずつ写真を買って帰った。帰りのリフトの列はとても混んでいた。その間や明大前まではずっと今日の話か学校の話をしてきた。
明大前駅の井の頭線ホームで別れ際に彼女は言った
「今日のデートは楽しかった。待たなくていいから、でも……待ってほしいな」
そう言うと行ってしまった。そして、やっと気が付いた。意味が分からないかった、
「待っていて欲しい」
という発言。それはおそらく彼女が俺のことを好きだから……じゃないのかな……? そして、気付いたのだ。彼女の理想の彼氏が誰に似ているか、それは「僕」だった。
写真:路面電車の魅力はすごい、えいでん