連載・君をみつけるために 第三章:僕がどんなに思っても僕をなんとも思わない人
過去投稿:2017/1/6
ガヤガヤ
休み時間の間はみんなが話し、密閉された教室内はいろんな音で満たされていて何も聞こえない。でも、こんな喧騒に満ちた教室の中でも彼女の声を見つけるのは本当に簡単になってしまった。横で寝る近衛さんが視線の端に映りながらも、その視線の先には遠藤歩美がいた。耳を澄ませなくても彼女がいる場所がわかる。澄ませば、彼女とその彼氏の内容が話の断片として聞こえてくる。どんなに思っても当たり前のように届かないというこの現実の冷たさに、悲しみを感じる。
「おはよう」
彼女を見て、ため息をつきながらも目の保養をするそんな時間を邪魔してきたのは、谷澤だった。
「おはよう」
「まーた見てたのか」
「悪いか?」
「いーや、別に」
この谷澤という人間をこの前、近衛さんと話してからよく見ていて、彼をあんまり知らなかったことに気が付き、でもそれからは彼のことが結構わかるようになってきた。彼は秀才ではあるが、結構俗物が好きでうわさ話や陰口が大好き、そこには彼自身が出会った過去の影響があるのだろう。
「というか、もっと横の女の子のこと見てあげたら?」
「あの、そう言う話はその女の子が横にいないときにお願いします」
「にしても、お前も一途だよな」
「そうかね」
彼には最近、一度酒の勢いで彼女(遠藤さん)への思いを言ったことがあった。どこがいいのか、なぜ好きになったのか、でも叶わぬ思いについて。
すると、谷澤はかがんで小さな声で話し始めた。
「実は、今あんまりあのカップルは不安定らしいけどな」
「というと? だって、あの二人授業中もあんなにラブラブじゃんか」
「正しくは本人たちの間ではなく、客観的に見てという話ね。ほら、彼氏の方は地方出身で、一人暮らしじゃんか」
「うん」
「だから、彼女は結構足を運んでるらしくて」
「不純な恋愛だなぁ。もう大学一年生で結婚なんてありえないんだから、家まで行ってすることなんてほぼほぼあれ以外ないじゃん」
「まあ、セックスだろうな」
「あのわざと、オブラートに包んで直喩は避けたんですけど」
「それは置いといて、夏休み後半はほぼ毎日、お弁当を届けてたらしいぞ」
「僕の耳に痛いだけの話じゃねぇ―か」
「で、最近では彼女が実家に帰るときは駅までじゃなくて、彼氏のアパートから直接帰ってるみたいなんだよ」
「はいはい、家の位置を覚えるまで通い詰めたってことね。あーあ、僕も彼女の手料理食ってみたい」
「ちょっと声がでかいぞ」
すると、疑問がわいた。なぜこんなにこいつは知っているのか? 結構きもくなってきた。
「なんで、そんなにいろいろ知ってるの?」
「俺と部活が一緒の副島ってやついるでしょ? あいつ、彼氏のアパートの隣のアパートに住んでて、飲み会のときに面白話として話してくれるんだよねー」
「で、それはいいけど、その順調極まりないカップルがなぜ別れる危機なんだ?」
谷澤はニヤリとしてつづけた。
「もしも大事な彼女だったら、駅まで迎えに来て、駅まで送るんじゃねーの? もっと言うと駅というか彼女の家の近くまで電車賃を自腹で切ってまで送るだろう」
「……かもな」
「それに彼女に負担になるようなことをさせるか? 毎日お弁当を届けさせたりとかもさ。ほんとに好きだったら、好きな人にしてもらってばっかりだったら、それを返そうと努力するもんじゃないか?」
「だから、セックスしてんじゃねーの?」
「お前も発言が酷いぞ」
谷澤は笑った。ただ確かにと思った。本当に大切な人をパシリの様に使うか? セックスって相互利益だし、それで返せるわけでもないし……。
「まあ、そういうことだ。チャンスはあるかもな」
先生が教室に戻ってきて授業が再開になった。頭の中になんか変に楽しい気持ちが湧いてきた。
「ねぇ、何の話をしてたの?」
近衛さんが話しかけてきた。
「いやなんでもないよ」
「嘘だぁー、だって『セックス』って聞こえたよ」
「いやそれは、ほら性別って意味の奴だよ。ジェンダー的な」
「絶対嘘じゃん」
彼女は猫の目で怪しむように見つめてきた。
「あっ、僕は離席するわ」
「えーなんで?」
「道場に行く、授業に飽きた」
「そっかぁ、じゃあまたね、昼戻ってくるんでしょ?」
「うん、じゃあ」
道場に行って、サンドバックを蹴ることにした。頭の中に曇りが生じたからだ。道場に向かう途中、頭に浮かんだのは彼女が別れた後に彼女のそばにいる自分だった。その頭に浮かんだ映像は久しぶりの感情を意味していた。人間に絶望して自分のそばにいてくれる人間を諦めてから数年、自分のそばに誰かがいてほしいと思うのは久しぶりなような気がした。これがいいことなのか、悪いことなのかは考えなくてはならない。ただ思うのは一つだけ、もう誰かに裏切られて人間不信になりたくないことだけだった。
サンドバックや巻き藁を攻撃していると、すぐに時間は経ってしまう。時間がたち昼ご飯を食べるついでに教室に戻ることにした。道場にある電子レンジで温めを済ませると、教室に向かった。すると、途中の駐輪場に彼女がいたのだ。思わず、声をかけてしまった。
「おつかれー」
「お疲れ様です!」
「これから、スーパー?」
「うん」
「じゃあ、気を付けてねー」
他愛もない会話、でも確かにそこには小さな幸せがあった。僕はゴミかもしれない。一人の女性、近衛さんがあんなにそばにいてくれるのに他の場所を見ている。これって不誠実なのかもしれない。
写真:花粉にしか見えると言われてからちょっと楽しみが減った花火