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連載・君をみつけるために 第十二章:「あなたはヒーローだから」

過去投稿:2017/1/6

 誰かに助けられて恋に落ちるなんてドラマの中だけって信じてた。けれども、そんなことなくて現実にはヒーローがいる。私はそんな物語のヒロインになりたい。

 私みたいな人間をきっと怠惰と呼ぶのだろう。自分が自分に問いかけるのだから、敢えて謙遜したりしない。私は才能に溢れて、天に愛された人間だと思う。昔から勉強ができて、外見が良かった。だから、自分の学力の水準に合う大学である医学部を選んだ。そうすれば、楽に人生がおくれる気がしたから。だから、寄ってくる男の子を好きになった。そうすれば、傷つかずに済むし、飽きればポイすればいいのだし。

 でも、これまでは実際にそうだったし、別にこの考えを改める気はなかった。でも、環境が私をそれではダメさせてしまった。大学に入って案の定できた彼にも高校までと同じ感覚だった。彼氏がいないと、今時の女子としては恥ずかしいから。彼氏がいないと、女友達に裏切られたときに惨めになるから。そんな惰性で私は彼氏を作った。性行為をしたのは、処女はファッション性としてダサいから。性行為をしたのは、一人で性欲を処理するよりはしてもらった方が楽に思えたから。そんな惰性で私は性行為をした。今思えば、これは私の弱さだとはよくわかる。

 今日は彼(楠本君)と一緒に大学の最寄り駅にいた。これから元彼の部屋に行くのだ。私から連絡を見ていれば、彼は不在になっているはず。私がそうするように言ったからだけど。その間に、私の私物を部屋から回収して関係を終わりにするつもりだった。彼にはもしも元彼がいたら怖いからと付き添ってもらっている。私と彼は元彼の部屋に向かって歩き出した。

「ごめん、来てもらって」

「いいや、別にいいよ。気まずいもんね、会ったら」

「うん」

 私は本当に狡猾でひどい女だと思う。私は彼のことを初めから利用し続けている。彼の第一印象は薄かったけど、ずっとわかっていたことがある、彼は私が好きってことだ。休み時間、私に送る視線は知っていたし、私をそういう目で見る人は数人がいたのは女の勘ってやつで知っていたから、そのうちの一人程度にしか思っていなかった。でも、妙に思い始めたのは元カレと付き合い始めた頃だった。他の人が私という在庫がなくなったように離れていったように、彼もまた私に対する気を無くすと思っていた。でも、彼は変わらなかった。これまでも、そういう人はいた。でも、全く霞むことなく、むしろ思いを強くする人なんて知らなかった。

 私と彼が部屋に着くと、元彼は不在だった。安心して私たちは合鍵で部屋に入った。彼は玄関のところで私を待つと言った。確かにあんまりにも知らない人の家に不在中に入りすぎるのは許可はあってもキツイものがあるとは思った。私は1人で自分のものを回収し始めた。

 ただ不思議と回収していても、元彼のことはほとんど思い出さなかった。それだけ薄っぺらい付き合いだったことが分かった。代わりに繰り返し彼との短い思い出が再生される。あの晩、私が元彼に友達を優先されて帰らせられた時に、彼がしてくれたこと……。

 あの日、彼に話しかけられたときに甘えてみた。こんなことを私が考えていたと知ったら、幻滅されそうだけど、私は彼に自分を無茶苦茶にしてほしかった、元彼にされた仕打ちがマシに思えるようなことをされればいいと思えた。そうすれば気の持ちようが変わると思うし、強姦まがいのことをされれば、また元彼が私を初々しく大事にしてくれるかなって思ってた。でも、彼はなにもしなかった。正直理解ができなかった。実際に彼は現に私の胸も揉まないし、キスもしなかった。

 そのとき、私の中で何かが変わった。結論から言えば、それが私の人生における初めての「自分から向ける好意」だった。

 思ったよりも意外と私物は少なかった。元彼の部屋のあちこちはあったけど、持ち込んだ量がこれくらいなのかって思った。それは自分が元彼をあんまり信用せず、私物を持ち込まなかったことを指していた。用意した紙袋四つのうち、一つしか使わなかった。私はその紙袋を持って、彼のいる玄関に戻った。すると、彼は私を見て言った。

「終わった?」

「うん」

「じゃあ、帰ろうか?」

「そだね」

「はい」

 彼は手を出した。私はそれに甘えて、私の私物を入れた紙袋を渡した。空いた両腕で私は合鍵で扉を閉めて、郵便受けに元彼への手紙と一緒に鍵を入れた。別れなんて別に初めてではない。ただ次のあてのない別れは初めてだった。でも、この別れほどスッキリとした思いになった別れはこれまではなかった。誰かに照らせされた道よりも自分が照らした道を選ぶのってこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。郵便受けに鍵を入れたあと、彼はそっと言った。

「忘れ物はない?」

 その言葉には二重の意味が感じられた、物理的な忘れ物と精神的な忘れモノの二つの意味。だから、私も二重の意味で返事するつもりで、大きく言った。

「ないよ! 全部、回収した!」

 彼はにこやかに笑って私の返事に答えた。そのあとで彼とカフェに入った。彼は気遣ってくれたのか、元彼の話は全くしなかった。大学のくだらない話をしてくれた。そんな風に気遣ってくれる彼は本当にいい人なんだなって思ってしまう。話せば話すほど思うことある。彼は私が好きっていうことは分かってる。でも、彼と手を繋いだときや彼とキスしたとき、そして彼としたときでさえも、彼の心の中には私以外の誰かがいることがわかっていた。私はその不安……いや不安でもないこの形容しがたい心情から、自分の話をしてしまった。

「実はね、私ってそんなにいい人じゃないんだ」

「え?」

 彼に幻滅されたくなかったのに、口は止まらなかった。自分がこれまで惰性で生きてきたこと。その惰性から流されるように自分を汚していたこと。彼を利用しようとしたこと。自分が優位だと思ってたのに、医学部という小さなコミュニティであるがゆえに元彼に依存せざる得なくなってしまったこと。そこから脱出するためにはきっかけが必要という自分の勇気のなさ。自分をよく見せるために、周りに惰性に流されてきたというのに、これまでの自分とは違う気がした。話しながら、自分に問いかける。なんで嫌われたくなのにこんなにも自分のダメな部分を話してしまうんだろうか? お願い止まって! 嫌われたくないの!

 一通り話したところで、私の口はやっと止まった。彼はずっと、うんうんと頷いてくれた。そして、私は言った。

「ごめん、こんなことを言って。でも、失望したでしょ?」

 彼からの返事は「そうだね、正直失望した」的なことを言われると思った。でも彼は違った。

「いや、普通じゃない?」

「え?」

「この世で、ずっと自分の意思で生きてる人なんていないよ。自分の周りの環境や自分の中の能力で自分を規定して、その規定を基に選ぶことを怠けて生きるなんて当たり前のことじゃないの?」

「でもさ、私はそれがひどすぎると思うの」

「本当に普通だって、むしろ普通の人より自分の意思で生きてると思う」

「なんで、そう思うの?」

「だってさ、結局彼と自分から別れるという選択をしたじゃん! それも今回は次の当てもないし、友達に別れた方がいいって言われたわけでもないんでしょ? それって自分の意思で動いたってことなんじゃないの? それにさ、失望すると思っているのにそれを話すってことも怠けながら生きてるような人間がするようなことじゃない気がするし」

「……確かに」

 彼の言葉は身に染みるものだった。今回が初めて惰性に左右されない選択をしたのかもしれない。とりあえず重要なのは私がこの惰性から脱却できたという事実なのだ。これはきっと私にとっては大きなことなんだと思う。そして、その行動原理には彼がいた。

「あのさ」

「うん?」

「突然だけどヒーローっていると思う?」

「スーパーマンとかバットマンとかそういうこと?」

「うーん、そんな大それたものじゃなくて、単純に人を助けてくれる存在」

「それはいると思うよ! 俺にだっているし」

「私にもいるの。それは誰だと思う?」

「え……俺が知っているの?」

「うん、絶対に」

 言った自分に少しため息が出た。恋愛をやりつくしたと言っても過言ではない私がまさかこんなべたべたな方法を使うとは思わなかった。好きって言われるのって簡単だけど、好きって言うのってこんなにも大変なんだね……世の告白した人々は本当にすごい。

「誰だろう? 親ではないよね」

「うん」

「……正直考えてもわからなそう。だって、遠藤さんのグループで遠藤さん以外とは仲良くないし……」

「……だよね」

 話が詰まった。鈍感な人なんだ……いや、自分にあんまりにも自信がなくて自分が候補にあがらないんだ……本当に心が澄んだいい人なんだなぁ。私は一度、コーヒーを飲んで心を落ち着けてから言った。

「楠本君だよ」

 たった一言、十文字にも満たないその言葉にはあと少しの勇気が必要だった、でも、本当にその勇気が大変だった。もしも相手があなた(楠本君)という私に行動原理をくれた人じゃなかったら言えなかった。

「僕?」

「そうだよ……」

「えっと、照れるな」

 ここまで言えばもう言ってしまえ、と思えた。

「私は確かに寂しいからとか面倒だからって人をもとめてるようなクズだけど、あなたとの時間は素晴らしかったし、本当に特別だったの」

「……えっと、そんな大したことはしてないよ」

「いいえ、あなたは私を惰性っていうものから助けてくれたヒーローなの。だから、その……あなたがいいなら、あなたのヒロインとしてあなたとお付き合いしたいです」

 彼は持っていたグラスを手から放してテーブルに置いた。置いたグラスは彼の手のあった部分だけ水滴がついてなかった。彼は自分の湿った手を服で軽く拭った。そして、彼は言った。

「僕は……」

写真:逆立ち泳ぎするおちゃめなイルカ

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