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Another One Step of Courage 第3章: 矮小なプライド

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 どんなに隠していたって、どんなに誤魔化していたって、事実は事実。一生わからない事実などない、と俺は思う。三月十四日に彼女と交際を始めてから二ヶ月、ついにみんなにバレ始めた。冷静に考えれば、当たり前の話だ。裏門からとは言えど毎日一緒に帰る。たまにではあるけど、文芸部なのに化学室、化学部なのに文芸部の活動している部屋に出入りをする。ことを大きくなるのが嫌な俺と椋乃の口から直接は言わないけど、周りからしてみれば十分な状況証拠なんだと思う。最近じゃ、椋乃のファンが俺に直接質問してくることもあった。もちろん、それとなく誤魔化して答えるんだけど、それが逆効果だったみたいで……。今となっては同輩からも後輩からも「学校一のアンバランスカップル」なんて言われるようになった。そりゃそうだ、方や学校のマドンナ、もう一方はクラスの陰キャラだしな。

「ねぇ!」

 今日は化学部の活動がない。俺はパソコンに文字を打ち込む椋乃の横でいつも通り本を読む。普段の日常だ。

「あ、うん」

「ちょっと、ここを読んでほしいの。やっぱり、男の子の心情ってわからなくて」

 椋乃はパソコンの画面を俺側に見えるように回した。パソコンには椋乃の小説の文章が見える。椋乃の書く文章は……なんというか光陰が激しい作品で、読んでいて息を飲むようなリアルさと驚きがあった。それなのに理系に行くってたまにもったいなく感じる。

「……えーっと、なるほど。ここはもうちょっと気持ちを隠したほうがいいと思う。そのほうがここの伏線になると思う。あと、もうちょっと主人公がヒロインに気を惹かれた理由を明示したほうが……」

「なるほど。そうね、そのほうが良さそう。ありがとう、楠雄!」

「うーん」

「どうかしたの、最近なんかよく困った顔をしているみたいだけど、なにか考え事?」

「うん、まあそんな感じ。ちょっと気になってさ」

「どうかしたの?」

 彼女に打ち明けようかどうか考えたが、せっかく恋人同士なのに隠し事ってと思い、話すことにした。

「最近さ、俺たちのことがバレてない?」

「……うん、そうね」

「どう思ってる?」

「別にどうもって感じかな……。だって、事実だし最初から隠しきれるなんて思ってないもん。あなたもそうでしょ?」

「うん、そうなんだけどさ」

「どうしたの? 言うなら全部いいなよ!」

「うーん。いやさ、周りからは『アンバランスカップル』なんて言われてるからさ」

 椋乃はわざわざ聞こえるようなため息をついた。

「ねぇ! あなたってそんなに世間体を気にする人だっけ? 私はそんな風にあなたを見てなかった。私は別にどんな風に言われようがいいと思ってるよ!」

「わかってるさ、人の主観に動かされたらダメだって、でもさ、君が幸せなのかなって思うときが何度もあってさ」

「じゃあ、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「あなたは私と付き合ってて幸せ? 私と一緒にいて幸せ? 私がそばにいるときは幸せ? 正直に言ってね」

「もちろん!」

「じゃあ、もしも一緒にいても楽しくなかったら、私と付き合ってる?」

 彼女のその質問は興味深いものだった。楽しくないからという理由で人は、付き合う付き合わないを左右しているのかさっぱりわからなかった。

「……わからないや」

「そっか。でもね、楠雄が私と一緒にいることが楽しいって言ってくれるなら、私はそれだけで満足だよ。私だって、あなたと一緒にいて楽しいもん。私はあなたのように自分と波長の合う人と付き合いたかったもん」

「そっか、そう言ってもらえたら嬉しいな」

「わかった。別に人がどうこうなんて関係ない。私と楠雄が楽しければいいの!」

「う、うん。そうだよな……ごめん、変なこと言い出して……」

「別にいいよ!」

 椋乃はいつも明るく俺を励ましてくれる。椋乃の温かみを感じると、俺の心はほのかに火照る。始めは顔や姿が好きだったのかもしれない。でも、今は確信して言える。俺は椋乃の性格や人格も好きだと、そして愛してるって……ね。

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 あんな失礼なことを椋乃に聞いてしまってから、俺は椋乃の人としての人格を強く意識して、一緒に時間を過ごすようになった。改めて感じる椋乃の心は不思議なものだった。こんなご時世で過ごしたはずなのに純朴で明るく、暖かい。椋乃のそんな一面はあくまでも外に対しての顔だと思っていたが、毎日のように会っていても椋乃には裏表が垣間見る瞬間はほぼない。というより、俺の前にいるときの姿こそが本当の椋乃のように見えた。ある日、気になって、俺が椋乃に

「君って本当に純粋だよね。本当に綺麗な心をしてる。なんで、そんなに美しい心を持ってるの?」

 と聞くと、椋乃はにこやかに答えた。

「まったく、突然どうしたの? でも、どうだろうね、私だって下心はあるし、くだらない話もするよ。それに私から言わせれば、あなたの方が純粋だよ」

 俺には純粋なところなんてないのに、そんなことを言う椋乃はやっぱり好きだ。椋乃への気持ちが膨らんでいく中、梅雨ある日、教室で小説を書く椋乃が言った。

「ねぇ?」

 外は蒸し暑く、教室では冷房がついていて暑くはないが、汗はなんと気なしに出ている。話かけてくれた椋乃のほうに顔を向けるために、参考書を閉じた。

「なに?」

「突然だけど、私たちってまだ恋人が一番してることをしてない?」

 椋乃は制服のリボンを緩め、首周りが汗ばんでいるのが見えた。椋乃が目の前にそんな魅力的な姿でいたため、頭の中に下ネタしか浮かばなかった。彼女とはかれこれ付き合って三ヶ月半になって、そういう下ネタのフリも出来る仲になっていた。でも、流石に唐突すぎるし、引かれるかなと思ってお茶を濁した。

「? 毎日一緒に帰ってるし、こうやってお互いの時間もとってるけど、あとやってないことなんて、セ……」

「ちょっと止めてよー。そんなわけないじゃない!」

 椋乃は頬を赤く染めて言った。恥ずかしがる椋乃の姿はとても可愛く、はっきり言ってエロかった。別に彼女をそういう目線で見たことなんてなかったけど。

「男の子ってやっぱり下世話だよね、まったく」

「ごめんごめん、というか、なに?」

「デートよ! 私たちにいまだにデートしたことないじゃない? だから、したいの!」

「あ、そうだね。したことなかったね。じゃあ、しようぜ!」

「まったく、こういうことは男から言うべきだと思うんだけど。じゃあ、一学期末テスト終わったら行こうよ!」

「あのさ……行くのはいいんだけど、どこがいいと思う?」

「た、確かに……デートとかしたことないからわからない……」

「……そだね、俺もわからないや」

 初デートをすることになったが、前途多難というかお互いに恋愛経験がなさすぎるせいで行き先がすぐにわからないことがわかった。とりあえず、夏休みまでお互いで調べることになった。初デートがこんなのじゃ、まったく先が見えないや。

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「ああん? 初デートの場所がわからないだと」

 悠斗は馬鹿にするように言った。だから、こいつに恋愛に関しての相談をするのは嫌だったんだよ。でも、化学部のモテない男子とか同じクラスの以心伝心した陰キャラに聞いたらもっとわからないことになるし、消去法で小学校からの付き合いの悠斗に聞くしかないんだよな。

「そうなんだよ」

「まったく、あんな美人な彼女を手に入れても、童貞は健在のままかよ」

「ごめんなさい。と、というか、どどどどどど童貞ちゃうわ!」

「お前はそんなネタフリのために俺を訪ねているのか?」

「すみません」

「というか、初デートがわからんとかホントに重症だな。簡単だっていうのに、失敗したくはないんだろ?」

「はいそうです」

「だったら、聞けばいいじゃん。せっかくテストが終わって、今日も部活の間、一緒にいるんだろ? だったら、その時に「どこに行きたい?」とか「なにをしたい?」とかさ」

「でも、この前からそんな話になるんですけど、向こうも初デートにどこに行きたいとかないみたいで……」

「まったく、面倒くさいウブカップルだな。こんなことならくっつくなよ。というか、付き合って何ヶ月だっけ?」

 悠斗は頭を掻きながら、目を閉じてだるそうに言った。きっと本当に真面目に考えてくれてるから、面倒臭さを感じるんだろう。

「……三ヶ月。あと、一週間で四ヶ月」

「で、初デートがまだとか! もうある意味びっくりだわ」

「す、すいません」

「作戦会議だ、ゴラァァ!」

「はい!」

 その後、椋乃との待ち合わせ時間になるまで、悠斗と作戦会議をした。とりあえず、椋乃のしたいことがあれば優先する。それがなかったら、ベタに映画を見に行くことになった。悠斗からは映画では寝るなとか、感想をちゃんと話せるようにしとけとか言われた。多少ウザかったが、本当にありがたいもんだ。そして、彼女と会い手順通りに話した。

「ねぇ? 夏休み中のデートだけど、やりたいこととかできた?」

 椋乃はそう言われると、黒板に書いてある「明日から夏休み!」という文字を見ながら言った。

「え? うん、実はできた」

「お、本当に? なになに?」

「……あのさ、今回のテストで北原白秋の詩がテスト範囲だったじゃない?」

「ああ、そうだったね。タイトルは……「江ノ島」!」

「そう、「江ノ島」……」

 彼女との間に沈黙があった……。鈍感な俺でも彼女が行きたい場所はわかったが、やっぱり恥ずかしくて、なかなか口から言葉が出なかった。

「……じゃあ、行こうよ! 江ノ島」

「うん! 行きたい!」

 そう言うと、椋乃は机に掛かった自分の学校用カバンを持ち上げて、カバンを探ってステンプラーで止められた紙の束を椅子から立ち上がって、俺に渡した。それは江ノ島の観光についてのネットのコピーだった。

「とりあえず、水族館行きたい! あとさあとさ、夕方に江ノ電に乗りたいし、洞窟にも入ってみたいんだ、それでそれで!」

 椋乃はその紙を見る俺の肩から顔を出して、ページをめくるごとに自分のしたいことやりたいことを言ってきた。5ページ目を見ていたとき、そんな椋乃の顔が気になってそっちを向くと、椋乃と目がバッチリあった。

「えっ。な、なに?」

 椋乃は顔を真っ赤にして言った。多分、我に帰って自分ばかり喋っていたことが恥ずかしくなったんだと思う。

「いや、凄く楽しみにしてるんだなって」

「うん、だって初デートだよ! 楠雄は楽しみになったりしないの?」

「いやいや、もちろん楽しみだけさ、本当のことをいうとけっこう不安だったりする」

「私も不安だけど……江ノ島行こうね!」

 楽しみが不安を凌駕してる椋乃とやっぱり不安な俺。初デートはどんな形になるんだろうか? 頼むから失敗だけはしませんように!

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