【MLB】 メジャーリーグ史上最も四球に特化した選手の話
お久しぶりです。フィリーズ担当のペンです。
今回は知られざるメジャーリーグのレジェンドを紹介してみたいと思います。
それでは、さっそくnoteスタートです。
The Walking Man
紹介するのは1950年代にワシントン・セネタース(現ミネソタ・ツインズ)でリードオフとして活躍した三塁手 Eddie Yost です。
Yostは『 The Walking Man 』という愛称で知られており、その愛称の通りメジャーリーグ史上で最も四球に特化した成績を残しています。
Yostはメジャーリーグ歴代11位の通算1,614個の四球を選んでいます。
Yostより上位の歴代トップ10には各世代のスーパースターの名が並んでおり、薬物問題が影響している歴代1位のBarry Bonds以外は皆殿堂入りしています。
では、Yostの通算成績はどの程度のものでしょうか。確認してみましょう。
打率、安打数、OPSはすべて歴代四球数トップ30以内の選手の中で最下位と如何に四球に特化していた選手だったかが分かります。
通算成績で見て分かるようにもちろん殿堂入りもしていません。
HRも少ないですが、HRに関しては当時のセネタースのボールパークの左翼部分が異様に広く右打者がホームでホームランを打つのが困難な状況だったため、セネタース以外のチームでプレーしていればもっとHRを打てていたと言われています。
実際、Harmon Killebrewの台頭によりタイガースにトレードされた初年度の1959年にはキャリアハイの22HRを記録しています。
四球に特化した結果のおかしな成績たちを紹介
ここでは四球に特化したYostのおかしな成績について確認していきます。
1.安打数と四球数の差
Yostは通算で1,863安打、1,614四球の成績を残しています。
安打数と四球数の差が259しかないのは歴代四球数トップ50の選手の中でもちろんトップ。
2位はMark McGwireで1,626安打、1,317四球で差は309、3位はAdam Dunnで1,613安打、1,317四球で差は317。2位と3位が長打に特化した待球タイプのスラッガーだったことを考えるとYostの異質さがさらに際立ってきます。
次は単年の成績を見ていきましょう。
四球数でキャリアハイとなった1956年の成績に注目してみます。
ツッコミどころは山ほどありますが、ここではタイトルの通り安打数と四球数の差について見ていきます。
この年は四球数が安打数を32も上回るという逆転現象が発生しています。
あのBondsやMcGwireですら四球数が安打数を上回るようになったのはシーズンHR記録を更新した年からです。
そのBondsやMcGwireのような警戒がない中、しかも打撃の調子が悪かった年にキャリアハイの151四球を稼ぎ、打てない分四球で出塁していたというYostの異常さがここでも際立っています。
2.打率と出塁率の差
Yostは通算打率が.254と決して優秀とは言えない成績ながらその四球を選ぶ能力で通算出塁率は.394というメジャーリーグ歴代55位の成績を残しています。
先ほども触れた四球数がキャリアハイの1956年に至っては.231という低打率ながら出塁率は4割越えの.412というクレイジーな成績を記録しています。
改めてその出塁能力がどれだけ高いかをメジャーリーグの歴史にその名を残したリードオフやヒットマンタイプの選手たちと比較することで検証したいと思います。
多少作為的なセレクト感はありますが、名プレーヤーたちと比べることで如何にYostの出塁能力が高いものだったか分かるかと思います。
もちろん時代が違うので単純な比較はできませんし、四球よりもヒットの方が価値は高いです。
それでも、Yostの四球で出塁する能力はもっと評価されもっと話題に出てもいいのではないでしょうか。
締め
今回はメジャーリーグ史上最も四球に特化した選手 Eddie Yost について取り上げてみました。
Yostを知らない方も多いと思うのでこのnoteで興味を持っていただけると嬉しいです。
Yostは選手引退後もメッツやレッドソックスでコーチを勤めるなど長年メジャーリーグに貢献してきた人物です。
今回はYostのその特異な成績をクローズアップして書きましたが、また気が向けば別のエピソードも書いてみたいと思います。
それでは、また