大型長期契約に振り回されたマット・ケンプの奇妙な旅路
昨年、トレードで4年ぶりにロサンゼルス・ドジャースに復帰したマット・ケンプ外野手。
しかし、1年ドジャースでプレーしただけでこのオフにまたシンシナティ・レッズにトレードされてしまいました。
今年で2011年のオフに結んだ8年1億6,000万ドルの契約が終了するケンプ。
今回は、彼の野球人生がその大型長期契約に振り回されることになった件について書いていきます。
ケンプが大型長期契約を結びまでのお話
オクラホマ州出身の当時高校生だったケンプは2003年ドラフト6巡目で指名されてドジャースと契約します。
2006年まだ21歳の若さでメジャーリーグに昇格すると、2008年に155試合の出場で打率.290 18本塁打 35盗塁の成績を残しレギュラーの座を掴みます。翌2009年には打率.297 26本塁打 34盗塁の大活躍でゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を同時受賞、またこの時期に大物歌姫リアーナとの交際も発覚し、これからのドジャースを代表するであろう新世代のスター選手として注目を集める存在になっていきます。
2011年には161試合の出場で打率.326 39本塁打 40盗塁 126打点のキャリアイヤーとなる成績を残し、初のオールスター出場に2度目となるゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を同時受賞、MVP投票でもミルウォーキー・ブリュワーズのライアン・ブラウン外野手に続く2位となり、メジャーリーグでも最高レベルの選手になったことを証明しました。
ドジャースはこの2011年のオフにケンプのFAでの流出を阻止するべく残留交渉を行い、8年1億6,000万ドルの大型契約でケンプとの再契約に成功します。ケンプとドジャースとの契約の内訳は以下のようになります。
【契約内訳】
契約金 200万ドル
2012 1,000万ドル
2013 2,000万ドル
2014 2,100万ドル
2015 2,100万ドル
2016 2,150万ドル
2017 2,150万ドル
2018 2,150万ドル
2019 2,150万ドル
※ 契約金は8分割され毎年25万ドルずつ支払い
ちなみにこの時にケンプと契約を結んだのは、前オーナーのフランク・マッコート氏や前GMのネッド・コレッティ氏などのドジャースの旧経営陣・フロント陣になります。
ケガの慢性化とフロント陣交代による初めてのトレード
ケンプは大型契約を結んだ翌2012年から足のケガが慢性化していきます。
2012年は左足ふくらはぎの故障で106試合の出場、2013年は両足首の故障で73試合のみの出場のみにとどまります。
2014年は150試合の出場で打率.287 25本塁打と復活のシーズンとなりましたが、ケガによる足の衰えは顕著で2011年には40盗塁をマークした盗塁数はたったの8盗塁と激減してしまいます。
この2014年オフ、ドジャースの経営陣はいくらチーム総年俸を増やしてもワールドチャンピオンになれないコレッティGMを見切り、当時レイズのアンドリュー・フリードマンGMや当時アスレチックスのファーハン・ザイディアシスタントGMといったメジャーリーグを代表する新世代のカリスマフロント陣を続々と引き抜き新しいフロント陣を結成します。
このフロント陣により、ケンプの野球人生は大きく変わります。
新しいフロント陣は、ドジャースがあまりにも大型契約を抱えすぎて選手総年俸が限界を迎えている状況を解決していくためにケンプの放出に動き、チーム強化を目指すサンディエゴ・パドレスに2対3のトレードで放出します。
また、新しいフロント陣がケンプを放出した金銭面以外の理由も以下にまとめておきます。
【ドジャースがケンプを放出した要因】
・ジョク・ペダーソン外野手やヤシエル・プイグ外野手の台頭による
外野手の充実
・ゴールドグラブ賞の受賞経験はありながらも元々守備指標が良くな
かった上に、足の故障でセンターを守れるレベルでもなくなった
パドレスはトレードの際にドジャースにケンプの残り契約の一部負担を求め、5年1億825万ドルの内総額のおよそ3割になる3,200万ドルをドジャースが負担することで同意します。(それでも、ドジャースとしてはケンプの契約の7割削減に成功した上に、後にレギュラー捕手となるヤスマニ・グランダル捕手をこのトレードで獲得します。)
以下、トレード成立時のケンプの残り契約の負担の割合になります。
【パドレス移籍後のケンプのサラリー負担額内訳】
2015年 2,125万ドル → LAD 1,800万ドル + SD 325万ドル
2016年 2,175万ドル → SD 1,825万ドル + LAD 350万ドル
2017年 2,175万ドル → SD 1,825万ドル + LAD 350万ドル
2018年 2,175万ドル → SD 1,825万ドル + LAD 350万ドル
2019年 2,175万ドル → SD 1,825万ドル + LAD 350万ドル
※ LAD・・・ドジャース、SD・・・パドレス
※ サラリー額の一部に契約金の分割分が含まれています
パドレスの失敗とブレーブスへの2度めのトレード
2015年の開幕前にケンプの他にジャスティン・アップトン外野手やクレイグ・キンブレル投手、ジェームス・シールズ投手といった大物選手を獲得し、一気に優勝争いに加わろうとしたパドレスですがこの目論見はすぐに破綻。2015年開幕低迷してパドレスは獲得した選手たちをすぐに放出し、改めて再建を図ることになります。
ケンプもこの再建に巻き込まれ、2016年のシーズン中にアトランタ・ブレーブスにトレードされます。しかし、足の故障で守備の指標がかなり悪くなったケンプでは有望なプロスペクトを獲得することはできず、ブレーブスで不良再建となっていたヘクター・オリベラ内野手を引き取った上で1,050万ドルを負担するといった内容のトレードになってしまいました。以下でパドレスがこのトレードでいくらサラリーダンプをしたかについてまとめます。ちなみにパドレスはこのトレードが成立してすぐにオリベラ内野手を解雇しています。
【ケンプトレードでのパドレスのサラリーダンプ額算出】
マット・ケンプ 残りサラリー(パドレス分) 6,008万ドル
ー)ヘクター・オリベラ 残りサラリー 3,117万ドル
ー)マット・ケンプ パドレス負担額 1,050万ドル
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パドレスサラリーダンプ額 1,841万ドル
結果、パドレスはケンプを1年半雇うために5,784万ドルも支払うことになってしまいました。
それでは、このトレードでケンプのサラリーをそれぞれのチームがいくら負担することになったかもまとめておきます。
【ブレーブス移籍後のケンプのサラリー負担額内訳】
2016 2,175万ドル → SD 1,517万ドル + LAD 350万ドル + ATL 308万ドル
2017 2,175万ドル → ATL 1,575万ドル + LAD 350万ドル + SD 250万ドル
2018 2,175万ドル → ATL 1,575万ドル + LAD 350万ドル + SD 250万ドル
2019 2,175万ドル → ATL 1,575万ドル + LAD 350万ドル + SD 250万ドル
※ LAD・・・ドジャース、SD・・・パドレス、ATL・・・ブレーブス
※ サラリー額の一部に契約金の分割分が含まれています
サラリーダンプは続くよどこまでも
2016年はシーズン中の移籍がありながらも156試合で打率.268 35本塁打 108打点の好成績を残し打撃は健在であることを証明します。
しかし、2017年はまた故障に苦しみ115試合の出場にとどまってしまいます。
この2017年オフにケンプはまたサラリーダンプ要員として古巣のドジャースにトレードされます。
ドジャースは贅沢税の支払いを回避するために残り契約1年になったエイドリアン・ゴンザレス一塁手、スコット・カズミアー投手、ブランドン・マッカーシー投手に若手のチャーリー・カルバーソン内野手と450万ドルを負担して、残り契約が2年となったケンプを引き取ります。
ブレーブスとしても契約がまだ2年残っているケンプの代わりにあと1年で契約が終わる選手たちを獲得して将来の負担を軽減したいという思惑と先発投手が足りない状況だったので先発を補強できるという一石二鳥のトレードになりました。(結局、カズミアーはシーズン前に解雇、マッカーシーも16試合のみの先発で上手く機能しませんでしたが。)では、このトレードでドジャースが2018年のサラリーをいくら軽減したかまとめてみたいと思います。
【ケンプ再獲得トレードによるドジャースの2018年サラリーダンプ額】
エイドリアン・ゴンザレス サラリー 2,235万ドル
+)スコット・カズミアー サラリー 1,767万ドル
+)ブランドン・マッカーシー サラリー 1,150万ドル
ー)マット・ケンプ サラリー 1,575万ドル
ー)年俸負担 450万ドル
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ドジャース 2018年サラリーダンプ額 3,127万ドル
ブレーブスとしても、ケンプの残り2年の契約負担分3,150万ドル+年俸負担の450万ドルの合計3,600万ドルでゴンザレスとカズミアーの1年分のサラリー約4,000万ドルをほぼ相殺できているので、ケンプの残り1年分の支払いを前倒しした上で、マッカーシーを1年高額で雇ったという感覚のトレードだったと思います。
また、このトレードでケンプの残り契約の負担額の変更分についてもまとめます。
【ドジャース再移籍後のケンプのサラリー負担額内訳】
2018 2,175万ドル → LAD 1,925万ドル + SD 250万ドル
2019 2,175万ドル → LAD 1,925万ドル + SD 250万ドル
※ LAD・・・ドジャース、SD・・・パドレス
※ サラリー額の一部に契約金の分割分が含まれています
2018年は146試合で打率.290 21本塁打とフルシーズンで活躍したケンプですが、また2018年のオフに今度はシンシナティ・レッズにトレードされます。
ケンプはこのトレードでレッズからホーマー・ベイリーを引き取る代わりのサラリー面での調整要員という位置づけになっています。また、ドジャースとしては、贅沢税の調整の役割も兼ねています。贅沢税の計算は長期契約の場合は平均サラリーを使って算出するので、ベイリーの平均サラリー1,750万ドルに対してケンプの平均サラリー2,000万ドルの方が贅沢税の計算の場合安くなります。(支払額としてはベイリーが今期2,300万ドル+オプション破棄500万ドルの合計2,800万ドルかかるのに対し、ケンプの残り支払額は1,925万ドルと875万ドルほど負担は大きくなっています。)
結局、ケンプにどのチームがいくら払ったの?
結局8年の長期契約中に足のケガが慢性化して劣化し不良債権となってしまったケンプは4度のトレードを経験することになりました。
では、最期にこの長期契約期間中にケンプを振り回したチームがどのくらい彼にお金を負担したのかまとめてみたいと思います。
【各チームのケンプのサラリー負担額内訳】
ドジャース 9,600万ドル
+)パドレス 2,592万ドル
+)ブレーブス 1,883万ドル
+)レッズ 1,925万ドル
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合計 16,000万ドル
※ レッズはケンプのトレードで700万ドル受け取っていますが、
ケンプへの負担額とは決まってないのでこの計算には含めません。
ケンプの扱われ方を見ると近年のメジャーリーグの不良債権のお金の処理の仕方がよく分かると思います。
このnoteでメジャーリーグの契約やお金について興味を持っていただければと思います。
そして、今年で長期契約が終わるケンプが来年以降どのような道を選ぶかも注目したいですね。
それでは、また
Photo by Aaron Sholl