『うさこちゃんおばけになる』の目はどうなっているのか
平城遷都1300年記念事業のマスコット・キャラクター せんとくんの着ぐるみをはじめてみたときは、腰を抜かした。このキャラクター自体は、それ以前から各所で話題になっており、それを2010年代後半風にいえば、まぎれもなく「炎上」という表現がしっくりとくる有様であったが、どういうわけか、最終段階でこれの着ぐるみがでてきたときは、すでに炎上は鎮火という名の喉元過ぎればなんぞや状態。とっくに世間の興味が薄れていた時期であり、これについて、おおきく触れられた記憶はない。しかし、筆者は腰を抜かしたのだ。
せんとくんのキャラクター・デザインを担当されたのは彫刻家である。つまり、キャラクター・デザインの専門家でも、平面造形のひとでもなく、立体造形の領域にいるかた。しかもふだんは仏像彫刻を手がけられている。この作家の名前をGoogle画像検索にかければ一目瞭然であるが、立体造形者として唯一無二の「かた」をもたれている、ようするに大成された作家なのだ。平面造形としてのキャラクター・デザインを彫刻家に依頼するあたりから、すでに雲ゆきのあやしい試みではあるのだが、そうして元来、立体造形畑であるかたが手掛けられた平面キャラクターを、あきらかに当事者ではないところが、その平面をもとに着ぐるみ化し、再度立体化するという暴力的かつ倒錯したプロセスに驚愕したのだった。必殺技がすべて禁止となった異種格闘技戦において、リングに寝転びながらボクサーを蹴り上げるプロレスラーをみるような状況。
とはいえ、これにかぎらず、本来、平面の世界にいるキャラクターを立体化するにあたり、さまざまな不具合がおきることはままあるし、それは「そんなもの・しかたないこと」として、指摘してはいけない不文律になっている。多摩のほうにある夢の国では、主役たる白猫の身長が、場所や時間により伸び縮みするらしいが、それはいってはいけない、というか、たぶん、気づいてはいけない。
そもそも、彼・彼女らは異次元である平面の世界に暮らすひとたちであり、われら人間界にお出ましになるときは、少々、そのすがたに不具合がおきてもしかたなかろう(事実、わたしたちもまた宇宙空間や深海においては、地上のようすとは多少なりとも変化するのだ)平面上の出来事は、あくまでも平面という状況下でおこるものであり、そこに干渉すること自体ナンセンスなのだし、この構図を斜め上方向に昇華し、愛でたのが、みうらじゅんが提唱しはじめた初期のゆるキャラであったのだろう。
わたしたちの存在する四次元空間において、立体化した平面である二次元は破綻してしかるべき存在であり、平面表現は平面表現のなかでのみ成立うる。それでいいのだ。しかし、平面の世界であるはずなのに、突如、立体空間ならではの現象がおきれば、それは思考停止をまねく。それがある種、平面表現の極みともいえるディック・ブルーナ作品でおこるのであれば、なおさらだ。
ご存知のとおり、ディック・ブルーナはミッフィーこと、うさこちゃんシリーズをはじめとし、ピエト・モンドリアンやヘリット・リートフェルトなど、デ・スティル様式を彷彿とさせる、簡潔な線とわずか数色の色彩によるフラットな表現が特徴である。そんなミッフィーのシリーズに『うさこちゃんおばけになる』(松岡享子 訳, 福音館書店 2001)というはなしがある [ 注: 原初タイトルは『Het Spook Nijntje』なお講談社版『ミッフィーのおばけごっこ』(角野栄子 訳)も存在する ] 主人公であるミッフィーが、シーツをかぶり、おばけのまねをするというものだ。
ミッフィーがシーツをかぶる——この状況は、おのずと平面世界にシーツ分の空間を生むこととなる。このシーツのなかでは、そもそもどういう状況になっているのか?今回、アウトラインをたよりにしながら、嶋田幸乃さんとともに、さまざま検証してみたが、よくわからない。どうにもこうにも不自然な姿勢になってしまうのだ。
「命」
えらく猫背(うさぎなのに)
もしかすると耳ではなく、手をのばしているのかもしれない。*
そのうち、アウトラインにくわえ、もうひとつのヒントをつかむことになる。そう、目だ。反射的にこのおばけは目の位置をくり抜いたものかと想像していたが、目の大きさや離れ具合をふまえると、どうも辻褄があわない。ここでひとつ仮説をたてることになる。このおばけの目は、くりぬかれたものではなく、描かれたものではないか。なぜなら目を軸に腕や肩をみちびきだせば、こちらのほうが自然だからだ。
ミッフィーのプロポーションをふまえると、シーツの目の位置は結構、上になってしまう。
これはたぶんちがうひと。
その仮説にもとづき、オフィシャル・グッズを調査してみれば、あろうことか、目の位置がくりぬかれたものと、目が描かれたもの、その二種類が存在することがわかった。オフィシャルもまた混乱している。
実際はどちらなのか。作者であるディック・ブルーナが鬼籍にはいった以上、もはや正解をしるすべはないのかもしれない。いっそ『探偵!ナイトスクープ』に調査してもらう案件なのか。しかし本文をよくみれば……
‘おかあさんは、シーツに あなを ふたつ
あけて くれました’
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16 October 2018
中村将大 + Yukino Shimada
検証図版は Yukino Shimada さんによる。
*の図版のみ中村制作。
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