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【変な隣人③】仮面を取った仮面浪人

「合コンはその日行けないけど、今後弟子入りさせてくれ」

率直なそのLINEに、弟子は取っていないとは返せなかった。

彼とは同じ会社に入り、そこから同僚であり、友だちになった。

入門理由を聞くと、大学入学以来、学園祭実行委員、テニスサークル、マクドナルドのアルバイト、やることは全てやったが、彼女ができなかった。学園祭は副実行委員長まで務め上げたと。

只者ではないな、と思った。
彼はとにかくモテたかった。

これまでの生い立ちを聞くと、彼は大学1年時に”仮面浪人”をしていた。
別の大学に通いながら、医学部受験を目指していた。それでも受からなかったため、理系として別の大学に入学したそうだ。

後日、仕事終わりに彼を誘い、流行りの横丁にナンパをしに出かけた。
彼は、私の声掛けをスマホで録音し、気づいたことを一言一句メモし、私の発言にどんな意図があったのか、後ほど質問してきた。
私としては、適当に話し掛けただけだった。

彼の声掛けターンになると、”車”相手にナンパを始めた。女の子に集中しすぎたあまり、車にぶつかりながらの声掛けしていた。

そんな修行はしばらく続き、成功して2-2で飲みに行けたり、失敗して2人でラーメンを食べながら帰路についたりした。

仕事にも慣れてくると、毎週のようには街に出れなくなっていた。
その日は、久しぶりに仕事の終わるタイミングが重なったので、2人で例の横丁に向かった。

5回目くらいの声掛けで、少し年上くらいの2人組を飲みに連れ出すことに成功した。しばらく4人で盛り上がった後、私は疲れていたのか珍しく可愛いほうの子を譲り、もう1人の子と他愛もない話を続けた。彼のほうは上手くいってるようだ。
終電近くまで飲み、その日はそのまま解散した。

数週間後、2回目のデートで告白し、彼はその子と付き合うことになった。初めての”公式彼女”を大切にした。
海に行き、自転車に乗り、ビールフェスに行き、LINEのプロフィール画像が毎週インスタのストーリーのように踊った。

微笑ましい気持ちと同時に、弟子が巣立っていった師匠の気持ちが分かった気がした。

付き合って2年が経つ頃、事件が起こった。

ある時、彼女が彼の部屋の掃除をしていると、独身サラリーマンの部屋には似ても似つかない赤い本が発掘された。”共通テスト”の文字。
彼は医学部への道を諦めきれず、仕事をしながら人知れず勉強を続けていたのだ。
彼女はそれを見つけ号泣した。
年上の彼女は来年30歳を迎える。彼には夢があり、彼女には現実があった。


先日、彼の結婚披露宴に行った。
彼は学園祭実行委員、テニスサークル、マクドナルドのアルバイト、それぞれのコミュニティでいじられキャラとして、男から支持を集めていたようだ。

あの時、横丁で会ったはずのお嫁さんは私が会釈すると、どこかよそよそしい態度だった。

彼は医者にはなれなかったけど、幸せな現実がそこにはあった。

私は”仮面浪人”という言葉が嫌いだ。
この言葉を最初に聞いたときから、そもそも響きが怖い。
仮面の下に本物の自分を隠し持っていて、周囲を欺きながら生活しているようだ。
実際は誰だって現状に満足できず、もがいているだろう。
人はいつだって、いつからだって変われるはずだ。
それをわざわざ”仮面”で隠す必要はないのだ。

あの時、弟子入り志願のLINEがなければ、彼は今もまだ”仮面浪人”を続けていたかもしれない。

披露宴から数日後、彼に医学部進学を諦めたのか聞くと、

「息子を現役医大生ホストにするのが今後の夢」だそうだ。

彼の夢は次の世代に託された。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ろん


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