(想)3年間の中の3秒の価値
以前、少しお話したが23歳までオートバイでレース活動をするも当時はスーパールーキーが多くいた時代で参戦していた同じクラスから飛び級で翌年全日本格式のプロレーサーに抜擢される人もいたりして、今思うとオートバイレースが盛り上がっていた時期だったので、選手レベルも高いが夢もみれる。そんな時代だった。
休みの前日には、仕事終わりに準備して夜中に埼玉から栃木のサーキットに向かうのだが、高速代がもったいないので基本すべて下道でいく。途中、眠くなったら国道沿いのコンビニでトラックにまぎれて仮眠したりして、朝サーキットにつく。
お金をかけてわざわざ練習をしにいったのに、タイムが出なくておまけに転倒してマシンを壊したりなどもして、落ち込みながら帰り道、自分が何をやってるのか悶々とした気持ちになったりもしていた。
ただ、そんな中ごくごくたまに「最高に乗れている」時が来る。
日光サーキットでのローカルレースの時にその「最高に乗れている」時が来た。
前方にいるマシンを追いかける。追いつけそう。
時速100キロ弱でのコーナー入り口。いつもより減速せずにバイクを傾ける。コースのアスファルトが近づく、がアスファルトのシミがみえるくらいに研ぎ澄まされてる。
遠心力に耐えられず、オートバイのタイヤが滑り始める。前後ともに。
普通はタイヤがすべると転倒するのだけれど、あの時、あの一瞬だけは綺麗に前後のタイヤが外に流れていくのでさえ、支配できていた。
時間にして3秒程度
この3秒がレース中ずっと支配できていたら世界チャンピオンになれるだろうという感覚。
3年間という期間の中での「3秒」
3年間でレースにかけていた金額は数百万円
コスパが悪い、短すぎる?
あの時の感覚は20年以上たった今でも忘れない。
神とシンクロした3秒の感覚。何か世界チャンピオンと一瞬握手したみたいな感覚。
3年真剣に取り組んでいた自分に対してのささやかな神からのプレゼント。
思い出すと今でもニヤけてしまう。
私にとって価値とは時間という尺度では測れなく体験の大きさなのかも知れない。