冬の季節(フリー朗読台本)
よく笑ってた。
毎日、毎日、時間なんて忘れるくらい。沢山笑って…それがパッタリとなくなったのは何時からかなんて、もう覚えてない。
「ただいま」
それを口に出したところで返ってくるのは静寂のみ。
ただ、安堵さえ覚える。
今や日々息付く暇もない程に忙しなく働いて何年経ったことか。
電気を付ける。部屋には多くもない荷物すら大雑把に置かれて、その唯一存在を示すかのようなソファーだけは綺麗で身を投げ出し深く息を吐く。
目を閉じたら寝てしまいそうだ、そんな重い体を持ち上げポケットから煙草とライターを取り出し火をつけた。
薫る紫煙が薄らと視界を曇らせる。
火が灯った煙草とは真逆に部屋は寒い、もう雪が降り出す季節だと、ぼんやり天井を見上げ不意に、あの日の事を思い出した。
その子は白かった、本当に肌が白くて然し唇は色付いて笑った顔が好きだった。
毎日、毎日沢山笑ったのも何故か冬の季節だけだったのも今になって不思議と思い出す。
何故、冬だけなのか。
一度考え出したら思考は止まらない。
無意識に手は煙草を灰皿に擦り消し、今の土地柄には似合わない厚手のコートとマフラーを身に纏う。
持ち物は財布と携帯と煙草…は止めておいた。
何処に向かうなんて決まっている。
今ならまだ間に合う。
急いで部屋の戸締りをして飛び出した、足早に駅へと向かっていた。
胸は高鳴る、何年ぶりだろうか。
彼処はもう雪が降っていてもおかしくない場所で、いつもの場所も鮮明に思い出せる。
会いに行こう。
冬の、雪が降る季節だけに会える君の笑った顔を見る為に。