ロンドンの空と深海の踊り子
天然石、あるいは、宝石。利用用途が違う二つは、アクセサリーとなり、人を魅了する輝きを持つ。まるで、様々な色をまとった踊り子のように輝き、自分が求める人間を呼んでいるようにも思えるのだ。
スピリチュアルな話ではなく、感受性の話しである。
だからだろうか、呼ばれた気がしたのだ。
仕事帰りにチョコレートを見に行こうと思い、最寄り駅のデパートに偶々寄った。疲れた頭で、バレンタインどうしようかなとか考えながら、入り口をくぐると、白いカーテンと人だかりが見えた。
イベントかな? まあ、多少寄り道してもいいか、なんて普段思わないこと思いつつ人だかりに加わった。
人だかりの一番前に並ぶと、そこには魔法が広がっていた。その中だけが、きらきらと輝いていて、魔力が満ちているかのように疲れが吹き飛んだ。
何とか商品を見られる位置に移動すると、一つの宝石に目が留まった。
深い青と、緑が混ざった深海のような色。黒い箱がまるで、黒いドレスのようで、青い瞳と髪が妖艶に揺らめいている。目が離せない。黒い手袋を嵌めた手が、手招きしている。
「綺麗ですよね、もしかして、石好きさんですか?」
女性の声で我に返った。後から知ったことだが、この作品の作家さんだったらしい。本当に店員さんだと思っていました、この場でお詫び申し上げます、申し訳ございません。
石好きと言えるほど、詳しいわけではないと伝えつつ、ここまで濃い青のブルートパーズ珍しいですね、何て言ったら作家さんの目が輝いた気がした。これはスイッチ入れたかなあ。
あれよあれよと、珍しい石や中々アクセサリーにならないアクセサリーを見つけて二人で盛り上がってしまった。
レモン色、黄色と紫の子、紫と緑の子、桜色をしたコロンとしたかわいい子。太陽の名を持つ原石の子。
どれも、白いふわりとしたレースの上で踊っていた。どの子も、誰かと惹きあいたくて踊っているようにも見えた。その中でも、どうしても目が離せない、深海の子。
そっと手に取って光にかざす。
深く、暗い海を閉じ込めたような色と、余計な装飾を一切つけていないからこそわかる、孤高の美しさが目の前で踊った。
この子をお迎えしたい、心底そう思った。
ただ、値段がやはり張る。当然だ、ここまで美しい発色と珍しいカットを併せ持つこの子が、安いわけがない。当たり前の話しである。
他にも何人かこの子を見て魅了されていた。深い青はいたずらに人を惹きつけるようだった。
まるで、人に期待させておいて、いざとなったら手を放して意地悪く笑う、いたずら好きな踊り手だった。そのいたずらな笑顔に、心を奪われた。
手持ちでは買えないが、ほかに目を引く子もいたので、そちらを購入して満足しようと思った。
桜色のコロンとしたトパーズと恋人によく似たアマゾナイト。
ピアスは耳に穴が開いていないので、イヤリングに変更してもらった。忙しいときに、タダで交換してもらったのでなんだか申し訳ない気がしたが、致し方あるまい。
いろんな作家さんと、お話させていただいたが、こんなにも楽しい会話は久しぶりだった。なにより、石の魅力について接客しながらも語れたのはとても良かった。そのうえで、わがまますらも聞いてくれたので、本当に申し訳ないなと思いつつ、また出会えたら買おうと思った。
そう思って、後は見るだけにしようと思ったのだ。本当に。
最終日、再びふらっと立ち寄ると私のことを覚えてくれたのか(まあ、三日連続でしかも、一つの宝石に目を奪われていたのだから印象的か)、すぐに声をかけてくれた。
今日は見るだけだと伝えると、いっぱい見てくれと言われたので、お言葉に甘えて作品をじっくり見ていた。
ふと、視線を横にずらすと、あの深海の踊り手がこちらを見ていた。二つあったはずの片割れが、いなくなった状態でうなだれているようにも見えた。
吸い寄せられるように手に取ると、誰よりも私の心を奪ったその子は、頼りなさげに渡しを見つめ、手を取ってほしいと訴えかけてきた。
しかし、私はこの時決意していたのだ。
この子にふさわしい、いい女になって選ばれる。それまでは購入しない。
だが、この子を前にするとその決意も揺らいでいく。
深い青が、私が求めていたものがこの手の中にある、そう思ったのだ。
うんうん悩んでいると、すっかり顔なじみになった(?)作家が、この子は片割れしかないのだといった。恐らく、もう片方はもう売れたか何かしたのだろう。そして、この踊り手は片割れを失い、うまく踊れなくなったのかもしれないとも思った。
その状態でも、私の心をつかんで離さない。ずっと見ていると、隣にいたマダムが、素敵ねと私が手に持っている石を見ていった。同じピアスは箱に入っているのに、わざわざ片割れを指して言ったのだ。
やはり、この子はいたずらに人を惹きつける魔力がある。片割れだけでも変わらずに魔力がある。
マダムが物欲しそうに石を見つめていた。本当は、マダムに譲ろうとも思ったが、この時にはすでに、目が合いお互いを運命だと思い始めていた。
だから、誰であろうとこの子は渡さない。
「すみません、この子を購入させてください」
自然と口から滑り落ちた言葉。ペンダントトップにするか聞かれたが、あえてイヤリングにしてもらった。
この子は元々ピアスだ。耳を彩る子なのだ。
ならば、片割れであっても、その輝きは十分だ。それに、片耳イヤリングが好きなので、問題ない。
お会計を済ませて作家の皆さんにお礼を告げ、また再会できる日を楽しみにしていますと伝えて家路につく。
カバンの中で、深海の、いや、ロンドンブルートパーズの名を持つ宝石の少女が笑っているような気がした。
買ったときは、衝動に近い感覚で買ったが、やはり、呼ばれたのだろう。桜色のトパーズと言い、このこと言い、はっきりと呼ばれたのは久々だ。あまりの嬉しさに、作家様たちへ長文のコメント送ってしまうほどだった。
どの子も、美しく、それでいて話しかけてくるおしゃべりな子たちばかりだった。
本当に素晴らしかったのだ。きっと、作家様が石を愛し、素敵に仕上げてくれたからなのだろうと思った。
さて、ロンドンブルートパーズに魅入られた私だが、実はロンドンブルートパーズについての知識は全くなく、購入後に調べ、こんな能書きを深夜テンションで書いている。
ロンドンブルートパーズとは、ブルートパーズの中で最も色調が暗く、珍しい色合いとして人気の石らしい。
由来は、ロンドンの空に似ているからだそうだ。所説はある。霧のロンドンのイメージであれば、なるほど、確かにそうかもしれないと思った。
石言葉も前向きで、今の自分にぴったりだった。やはり、石に呼ばれたのだろう。
お互い迷いながらも、大切なものをいつか失うのかもしれなくても、このイヤリングがあれば頑張れる気がした。
スマホの通知音が鳴る。インスタからの通知だ。
作家様からの返信かしら?
通知を開くと、恋人のストーリーが更新された音だった。中身は飯テロ、というか酒だ。
せっかく感傷的な気分だったのに、と愚痴りながら一応いいね、を押しておく。
ため息をつきながら、お酒が飲みたくなったのでここらで終わりにしようと思う。
この子とともに、明日を。曇り切った空にいつか、日が差すように、私の探し物は見つかるのだろう。
いや、もう見つかってはいる。
でも、欲張りなので、さらにその先の未来を探すように、ともにあろうと、耳元で揺れる青い石に誓うのだ。
あとがき
皆様お久しぶりです~。
最近リア充している椿です。
今回はエッセイ風に書いてみました。偶々ポップアップショップ(ICHIGOICHIEさんの企画だそうです)を見つけて、立ち寄ったお話です。
本当に、どの作品も素晴らしく、一人一人の作品をひとつづつ購入したいくらいだったのですが、給料日前でして……。
社会人辛いねえ。
愚痴はさておき、深夜テンションで書いた文章なので、自信がないですが、良かったら読んでください!
2025も細々と、エブリスタ、note更新してまいりますので、よろしくお願いいたします。
あ、みんな、あけおめことよろ。