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その時!歴史が動かなかった職人

花粉が落ち着き心地よい風に吹かれる初夏になろうかという季節。世間はGW(ゴールデンウィークというらしい…)で浮かれ賑わっていた。

連休何か予定ある?とラーメン屋で飯を食ってるとあちらこちらからよく聞こえてくるが我々職人には祝日というものはない。極端な話で言えば365日平日である。

「家族とディズニーランドに行くよ」なんていかにも良いパパをしてそうな爽やかな若い兄さんの言葉にうちひしがれチャーハンを吐き出しそうになる。

その後、軽バンで缶コーヒーを飲みながら一服してると助手席に座っているベテラン職人イトーさんがため息を吐いた。

「はぁ~ぁ…ゴールデンウィークかぁ」

「どっか行くスか?」と訊くと待ってましたとばかりに横目で私を見る。まだ夏はやってこないというのにすでに顔はペヤングソース焼そばよりも真っ黒だ。この夏でどれくらい黒くなるのか密かに楽しみにしている。打倒松崎しげるだ。

「子供達が連休中に動物園行きたいとさ…」

「へぇ~…まだ休みあるかどうかも決まってないのに?」

「あん」

イトーさんは煙草の煙を日光の華厳の滝のように鼻から噴出すると続けた。荘厳に落ちた煙は膝に当たり太陽に照され幻想的な趣があった。

「友達はどこどこ行く予定とかいろいろ話題になってるらしいけどウチは何にもねぇからなぁ…」

「まぁ、この業界祝日とか無いっスからね。で、もし休みあったらどうするんですか?」

「そうねぇ…」とため息をつきながら迷っているようだった。

知り合ってからイトーさんが子供達をどこかに連れていったという話は聞いたことがない。

年がら「草刈りをした」「雪かきをした」「庭の木を切った」という家事の話しか聞いたことがない。締めくくりの言葉は「疲れた」だ。

日曜日の休みともなれば「3時には酒飲んで6時には寝たよ、ガハハ!」というのが定番であった。

だが今回は世間が熱狂するGW!!

日本中がワールドカップ決勝戦のような盛り上りを見せ、休める人達が休めないサービス業に感謝しよう!というお節介なハッシュタグがTwitterでトレンド入りしそうな大イベントなのだ。盆正月のように煩わしい訪問者がやってくるわけではない。全てを遊ぶことに時間を使えるのだ。

普段はネクタイを締め堅い表情で業務に励む人々もここぞとばかりブブゼラを吹きならし汗が染み込んだユニフォームを片手でグルグルと振り回すようなテンションになってしまうのだ。

大人以上に子供達は期待を膨らませているのは想像にかたくない。

だが東京ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンと言わずに一人300円程度で入れる非常にローカルな動物園と言った所に子供ながらに気を遣ったのだろうと思った次第だ。かなりハードルが下げられているので足の短いイトーさんでも飛び越えることはできるだろう。

「で、やはり動物園に行くんですね?いいですね、家族サービスとか」と聞いたら彼はニヤリと笑い親指を立てた。

「動物園なんてクセェし動物よりも人を見に行くようなもんだからつまんねーよって言ってやったよ!」

そう言うと彼はガハハと笑い煙草の煙を胸一杯吸い込みブフォと噴き出した。


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