どこまでも変わっていけるということ ③
Aさんも、学校生活の中で、徐々に変わっていった。
私と同じように、靴下はハイソックスに変わり、スカートは膝下から膝上になり、可愛いヘアピンをつけるようになった。
「Aさんかわいい~!!!」とBさんが大声をあげているのを見て、少し複雑な気持ちになった。
それでも、Aさんが芋っぽかった印象から可愛らしい装いへと変わり、Bさん(="普通"の人)と楽しく過ごしているのを見て、
これがきっとAさんの望んでいたことなのだろうと、これでよかったんだろうなと、そう思っていた。
ここまでならまだ、中学生らしいよくある話で済んだのかもしれないのだけれど。
何かがおかしかった。
私がシャツの袖を七分丈に折ってみたり、ベストの色を紺から黒にしたり、オシャレなコンバースのスニーカーを履いてきたりとオシャレに気を遣いはじめたのに合わせて、
数日遅れでAさんもまったく同じように変えてきたことに気づいた。
Aさんは自由時間の度に隣のクラスのBさんの所へ通っていたようだったけれど、
ある日の朝私が登校すると、珍しく同じ教室の中にいて、
私が少し仲良くなったクラスメイトと話をしていた。
その日の休み時間もずっと。
その日からAさんは、私が少しでも誰かと話をすると、その人に近づいて仲良くするようになったのだった。
とても嫌な予感がした。
Aさんは何がしたいのだろう。
なぜ私の行動を追うように振る舞うのだろう。
彼女の考えていることが理解できなくて、気味が悪くて、怖かった。
そんな胸騒ぎが1週間ほど続き、私はAさんの奇異な行動に萎縮しかけていたのだけれど、
Aさんがいるからといって別に遠慮することはないのだと、一度、クラスメイトとAさんが話をしているところに入ってみようとした。
次の瞬間、Aさんはわざとらしく大きなため息をついて、どこかへ行ってしまった。
まあ、「もう関わらないでほしい」って言われちゃったもんな。
とは思ったけれど。
どうするのが正解なのか、いよいよ分からなくなってしまったのだった。
以降もAさんの妙な嫌がらせは続き、
私は完全に気力を削がれてしまった。
Aさんと一切関わりたくないからと、周りのクラスメイトとは話せなくなり、見た目や装いをこれ以上変えることもしなくなった。
そんな私の状況を知ってか知らずか、ある日突然、m●xiでBさんからメッセージを受け取った。
「(前まで仲良かったのに)Aさんとなにかあったのか」という旨のものだった。
Aさんから何も聞いていないんだろうか。
私のことなんて話そうとも思わないのかな。
とりあえず誤魔化して当たり障りのないことを答えたけれど、それをきっかけにBさんとはマイ●クになって、ちょくちょくやり取りするようになった。
Bさんは私みたいな人間にも優しくて、私の日記を見て「〇〇のマンガ興味あるなら貸すよ~!」なんてコメントをくれたりもした。
正直、ホッとしていた。
もしAさんが何か吹きこみでもして、人気者のBさんを使った嫌がらせをはじめるようになったら、大変なことになる。
Aさんの目の届かないところでBさんと繋がることができて、よかったなと思った。
(もちろん元々はAさんともマイ●クだったのだが、とっくに解消されていたし、こちらのページにわざわざ足跡をつけてくる訳もなかったので。)
どうして急にBさんが接触してきたのかは分からなかったけれど、当時の私はすごく安心したのだった。
中3の夏。
修学旅行先は京都・奈良だった。
携帯電話は禁止されていたが、大体の生徒は当然のように持ってきていた。
mi●i漬けだった私ももちろん持っていった。
とはいっても、学校の知り合いにも見られている中でリアルタイムに発信する度胸はなかったので、ただ隠れて新着をチェックするだけだったのだけれど。
夜になって、各々が部屋で自由時間を過ごしていた。
みんなにとっては最高に楽しい時間だったのかもしれないけれど、私は日中の班行動に疲れ、同部屋メンバーとの間に流れる微妙な空気も嫌で、早々に眠ろうとしていた。
その時だった。
担任教諭が、かつてないほどの怒号をあげながら、私たちの部屋に入ってきた。
「おい!!!!! おしり!!!!!!!!!!!!!!!」
担任は、固まる私を部屋から引きずり出し、私が発言する間もなく怒鳴り散らしたのだった。
「携帯持ってきてるだろ、出せ」
なんでバレたんだろう。
あまりにも激しい怒鳴り声に、頭が回らず、ただ黙って携帯電話を渡した。
しかしそれだけでは終わらなかった。
「他にも持ってきてるやついるんだろ。言え。」
「言えよ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
訳が分からなかった。
ただただ怒鳴り声が怖くてビクビクと泣く私に、担任はさらに捲し立てた。
「泣くんじゃねえよ!!!!」
「言ったら終わりにしてやる」
どうしたらいいのか分からなかった。
ほとんどの人が携帯電話を持ってきていることはなんとなく知っている。でも私の口から勝手なことを言うべきではないし、だれがどうだなんて詳細を把握しているわけがない。
ただ「何も知らない」を押し通そうとした。
私に友達がいないことくらい担任もわかっているだろうし、それでも通せるだろう。
そんな私の態度に担任は一瞬面白くなさそうな顔をして、私のガラケーを開き、
あろうことか、
メールやネットの履歴を見始めたのだった。
最新の履歴には、夕方頃に受信したBさんとのメッセージが残っている。
「Bも携帯持ってきてんのか」
何も答えられなかった。
けれど、担任はそれで満足そうな顔をして、去っていった。
その日はそれからすぐに寝たのかもしれないが、まったく覚えていない。
ただBさんのことが気がかりだった。
次の日、帰りの新幹線の廊下でBさんとすれ違いになった。
何かしら伝えなくてはと思い声をかけようとしたその瞬間、
Bさんの舌打ちと同時に肩が激しくぶつかり、私は廊下に倒れこんでしまった。
頭のなかが真っ白になり、
わけもわからず、周りの同級生にクスクスと笑われながら席に戻った私は、
そこでやっと、"取り返しのつかないことになったのだ"と気づいたのだった。
その出来事を皮切りに、Bさんと、Aさんを含むその取り巻きからの、執拗な嫌がらせがはじまった。
休み時間のたびにBさんと取り巻きは私の席の近くへわざわざ来て、激しい陰口を言って帰っていった。
mix●にも大量の攻撃文句を連ねられ、
みんなBさんに味方した。
悲しかったのは、かつてBさんが私に気遣いのメッセージをくれたことや、マイ●クになって交流してくれたこと、そのすべてが、
「友人に縁切られたド陰キャの生態観察してみたwwwwwwww」のノリで行われていたものだと知ってしまったことである。
Aさんの囃し立ての下で。
"Aさんの目の届かないところでBさんと繋がることができた"……、などと思った自分の頭の悪さに絶望したものだった。
次第に嫌がらせの規模は大きくなって、1ヶ月もしないうちに、学年全体から罵声を浴びせられるようになった。
すれ違う人皆から「あんな人のせいでBさん怒られてかわいそう」「よく学校に来れるよね」などと言われ続け、
完全なのけ者となり、
教師もみんな見て見ぬふりだった。
そしてさらに最悪なことに、
修学旅行で私の携帯電話の件を担任に告げ口したのはAさんだった、ということを知ってしまった。
よくよく考えれば、Aさんがマイ●クじゃなくても最終ログイン時間で私の行動を把握することはできるのだから、もっと狙われている自覚を持つべきだったといえばそれまでである。
そもそもは「携帯電話を持ってきてはいけない」というルールを守らなかった自分が悪いわけで、担任に叱られたことは当然のこと。
でも、こんなことでもAさんの標的にされてしまうのなら、遅かれ早かれ彼女は何らかの形で私を陥れるつもりだったんだろうなと思う。
同級生からの陰口や嫌がらせなんて昔からのことで、慣れきっているものだと思っていたけれど、
Aさんと楽しく過ごしていた日々を思い返して、
どうしてこうなってしまったんだろうと、
今回ばかりは、とても耐えられない気持ちになってしまった。
そんな学校生活が続くなか、ある日、母親から声をかけられた。
「耳鼻科に行かない?」と。
急にどうしたのか? とおもったら、
私が他人の言葉をほとんど聞き取れていないように思えて、心配になったのだということだった。
しかし聴力検査の結果はいたって正常だった。
医師の見解は、
「心因性難聴かもしれませんね。」
要は、耳の器官(ハード)には異常はないのだが、ストレスによって(ソフト的に)聞き取り能力に異常をきたしている、ということらしい。
なんとなく、中学生なりにも理解できた。
割とよくあるものらしい。
ひどくいじめられていることを親に直接話したことはなかったけれど、私の幼少期からの性格は十分知っているだろうし、近頃急にAさんと遊ばなくなったこともあり、親なりに色々と察してくれていたとは思う。
でも、両親ともに、私が自発的に話さない限りは、何も聞いてきたりはしなかった。
それはとてもありがたかった。
そして、実質的な解決にはつながらないとわかっていても、気休めで補聴器を買ってくれた。(当時10万円くらいしたものだと記憶している)
学校に補聴器をつけていくと、周りからの"異常者に向けられる視線"がさらに強くなった気がした。
私はもうすでに、考える気力もほとんど残っていない状態で、ただただ時間が過ぎるのを待つようになっていた。
そして何日か経ったある日の帰り道、
私は相変わらずのぼんやりとした頭で、ふと、これまでのことを思い返していた。
あれほど仲の良かったAさんから急に拒絶されたこと。
それでも自分なりに前向きに生きていこうと自立するのを邪魔されたこと。
さらにはあの手この手で嫌がらせをされたこと。
一つひとつ思い出しながら、
どうしてこんなことになったんだろう。
一度でいいから、話をしてほしかったな。
と、考えても仕方のないことを考えながら、のろのろと帰路についていた。
そんな私の前に、
同じく学校帰りのAさんが現れた。
久しぶりにAさんの顔を正面から見た。
少し緊張しながらもいまいち表情筋の働かない頬に泣き痕をびっしりつけて、気休めの補聴器を握りながら立ちすくむ私に向かって、
ただ一言、彼女は言った。
「あんた、
生きてる価値ないよ」
(続く)→④
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