『波の音を待ちわびて』文野さと先生の新作がロマンスヒルズコレクションに登場!
ロマンスヒルズコレクションに、文野さと先生の作品が登場しました。
内向的な貴族令嬢とやんちゃな士官候補生との幼馴染ロマンスです。
イラストは漫画家のコマ(Koma)先生です。
12月1日配信開始。現在予約受付中です。
Kindle Unlimited に加入していれば0円で読めます。
波の音をまちわびて 文野さと
あらすじ
男爵令嬢のリュミーは、幼なじみのアッシュと子供の頃に婚約した。
親の決めた婚約ではあるが、いつか結婚するのであれば、よく知った男友達のほうがいいと思ったからだ。
今では士官候補生のアッシュは、長身で端正な風貌と相まって女性たちに人気が高い。そんな華やかな彼に、リュミーは距離を感じていた。
ある日迷子になったリュミーは、公園の奥の屋敷に住む伯爵と出会う。
伯爵は変わり者とからかわれるリュミーの才能をを認め、優しく受け入れてくれた。
一方アッシュは、明るく美しく変わっていくリュミーをみて焦りを募らせるが……。
内向的な男爵令嬢と、人気者の士官候補生の青年。
正反対の二人の恋と成長を描いた幼なじみロマンス。
編集部おすすめポイント
自分に自信がなく、家にこもって本を読むのが好きなリュミーと、みんなの人気者のアッシュ。性格は違っても子供の頃からずっと一緒に遊んできた二人ですが、大人になるにつれお互いに距離を感じるようになります。そこに大人の伯爵がライバルとして登場。はたしてアッシュはリュミーの愛を取り戻すことができるのでしょうか。ホット度は低めですが、そのぶん二人の成長をじっくり見守っていただきたい作品です。
文野さと先生について
作家。「灰色のマリエ」「ノヴァゼムーリャの領主」「Beast Blood (英訳)」など10冊出版。「読んだら元気がでる物語」をテーマに書いている。
https://twitter.com/punnyago
コマ先生について
コマkoma @watagashi4
漫画家。「雨の日と月曜日」LINE漫画で連載完結しました!
「軍人婿さんと大根嫁さん」をCOMIC FUZにて連載中!
https://twitter.com/watagashi4
お試し読み
昼下がりの運動公園は、緑と風と日なたの匂い。
ラケットを携えた青年たちが、幾人も集っている。
彼らは、若い肺臓が許す限りの盛大な笑い声で、自分を主張していた。そうすることで、色とりどりの日傘をさした令嬢たちに、自分をみとめてもらおうと思っているのだろう。
ここは上流階級に属する若い男女の、夏の社交場なのだ。
「ここにいろ、リュミー。見たいなら見ていてもいい。だが、くれぐれも俺に話しかけるなよ」
士官学校に入って二年目のアシュハルトは、辺りが珍しくて、きょろきょろしているリュミーに素っ気なく言い捨て、仲間の待つテニスコートに走り去った。
リュミーと呼ばれた小柄な少女が、黙ってそれを見送る。
彼女は日傘をささずに、小さな麦わら帽子を色みの珍しい茶色の髪に乗せていた。
青年は振り返りもしないで仲間の元へ駆けてゆく。運動用の真白いシャツの下で、若い筋肉が躍動している。四面あるコートの周りには、既に同じような白シャツ姿の若者たちが思い思いにラケットを振っていた。
遠ざかるアシュハルトの背中から目を逸らし、リュミーは初めて連れてこられた広い公園に、目を遊ばせながらベンチの端に腰を下ろした。
ここなら目立たないし、後で叱られることもないだろう。向こうでは早速試合が始まるようだ。着替えた青年たちが体慣らしに、軽く打ち合う姿があった。
中でも長身のアシュハルトの姿はひときわ目立つ。
「アッシュ、がんばって!」
リュミーは小さな声で応援した。
もちろんその声が届くことはないし、アシュハルトが振り向くこともない。
リュミーとアシュハルトは、幼い頃に家同士が決めた婚約者同士だ。
同い年の二人はしかし、家柄は釣り合っても、性格の上で全く違っている。
アシュハルトは快活な自信家。一方リュミーは、口の悪い友人の曰く「ゲテモノ好きな変わり者」の、無口な少女だった。
アシュハルトのヴァイル家は、貴族ではないが古くからのジェントリで、優秀な軍人を幾人も輩出している家系である。
彼の祖父も高名な海軍大将だった。だがその息子、つまりアシュハルトの父は、軍人を厭い、友人と海運会社を興して、その経営に邁進した。その努力は実って、現在はそれなりに成功している。稼業はアシュハルトの兄が継いだが、彼自身は、祖父に倣って軍人の道を選び、大学へは進まずに海軍士官学校に入った。
対してリュミーこと、リュドミラベルのマンシェット家は男爵家で、こちらも当主である、彼女の父が造船会社を経営している。
リュミーの祖父は、軍人ではなかったものの、軍艦の設計では有名な人物だった。
そんな関係で、彼らの祖父と父親同士は二代続いた親友で、まるでそうなるのが当然のように、孫である彼らが十二才になった時、婚約が成立した。
アシュハルトは海軍軍人の祖父を非常に尊敬しており、彼から強く勧められたリュミーとの婚約をあっさり受けた。
同じように父から婚約の話を聞いたリュミーも、どうせいつかは結婚させられるなら、子どもの頃から良く知っているアシュハルトが心易いと思って承知した。
二人の婚約は、そのようにして取り決められたのだ。
別に珍しい話ではない。彼らの階級ではよくあることだ。
しかしアシュハルトは、婚約者としてリュミーを敬ったり、大事にするそぶりはなかった。それどころか、リュミーを放って、大勢の友人や娘たちと積極的に仲良くしている。
彼は士官学校に入って二年目だが、常に優秀な成績を収め、将来有望な士官候補生ということと、長身で端正な風貌と相まって、若い娘の間ではたいへんな人気者だ。
現に今も甲高い声が、強烈なスマッシュで相手を圧倒するアシュハルトの名を盛んに叫んでいる。
彼女たちは一様に、薄い色の軽やかな服装に身を包み、レースやフリルで飾り立てている。対して、襟の詰まったブラウスと、裾こそ広がっているものの、紺色のスカートのリュミーの普段着は、まるで家庭教師のようだ。
だって、テニスの試合だとは、聞いていなかったんだもの。
知っていたら、もう少しおしゃれしたのに。
アシュハルトは士官学校の休暇の二日目に、突然家にやって来た。
そして、いつものように「いくぞ」と言っただけで、行き先も告げず、リュミーを連れだしたのだった。それは婚約者同士の逢瀬と言うより、マンシェット家への義理で、自分の楽しみに婚約者を伴うだけの行為だと、リュミーは思っている。
現にあいさつに出た彼女の母親には愛想がよく、リュミーとよりも長く喋っていたくらいだ。
わぁ!
ひと際大きな歓声が上がった。
試合はアシュハルトの一方的な勝利に終わったようだ。
アッシュが勝ったのね……。
「おめでとう」
リュミーは小さな手を打ち鳴らした。それが彼に届くことはないと知ってはいても。
アシュハルトは数人の娘に囲まれて飲み物を貰ったり、汗を拭く布を渡されたりしている。リュミーの出る幕はなさそうだった。
もっとも、話しかけるなと言われていたので、初めから見ているだけのつもりだったが、視線さえ送ってもらえないのはさすがに傷つく。
でも、考えたら私だって、アッシュになんにもしてあげていないもの。
だからこんな感情は、ただの我儘。私の心が貧しいという証拠だわ。
リュミーは立ち上がった。
アシュハルトの次の試合までには、かなり時間がある。まだ日も高く、若者たちは大いに盛り上がっている。終わるのをここで待っていたらいいのだろうが、日差しが少しきつい。
日傘を持っていないリュミーは、この公園の中を散歩することにした。どうせアシュハルトは彼女のことなど、気にしないだろうから。
「ふぅ」
リュミーは小さなため息をついた。
「アッシュはどうして私と結婚するのかしら?」
昔はもっと二人の関係は親密だった。
男の子と女の子の違いはあるけれど、同い年と言うこともあって、もっと遠慮なく口がきけたものだった。
『リュミー! リュミー! なんだ、またここか』
外遊びから帰って来たアシュハルトが、図書室に飛び込んできた。
マンシェット家の図書室は広く、その蔵書には珍しい異国の書物も多い。
しかも、父や兄の趣味で、それはどんどん増え続けているのだ。だからリュミーは、読む本には少しも困らない。
今日もリュミーは床に座り込んで、その周りを大型の図鑑で囲み「知られざる大海洋」という、本を眺めていた。
『リュミー!』
『あ……アッシュ』
『見ろ! 大きなクワガタムシだ』
少年はボタン付きのポケットからもぞもぞ動く、大きな甲虫を取り出した。
『俺が採ったんだぞ! 高い木に登ってな!』
『すごい! 大きい! でも、木に登ったりして怖くなかった?』
『平気さ! 俺は強いんだから……。ん? お前、その本は?』
アシュハルトは迷惑そうなクワガタムシをその辺の書物の上に置いて、リュミーの見ている本を覗きこむ。
『海の本。船の種類や、世界中の不思議な場所が載っているの』
『へぇ。そういや、お爺様も同じような本を持っていたな』
『そうなの? 見てみたいな』
『お前、海好きなの?』
『うん。港しか見たことないけど、海も船も好き。特に波の音が好きよ。だって、そこからどこにでも行けるんだもの』
『そうか。知ってるだろ? 俺のお爺様は、大きな船の艦長だったんだ。だから俺もいつか海軍に入る』
『海軍?』
『ああ! 俺は海軍に入って、大きな軍艦の艦長になる。そしたらお前を乗せて外国に連れて行ってやるよ。海を超えて世界中を渡り歩くんだ!』
『ほんとう? 本当に私を船に乗せて外国に連れて行ってくれるの?』
リュミーは大喜びで、図鑑を押しやった。
『海を超えて?』
『ああ。だから、お前もたまには外で遊べよ。家の中で本ばかり見ていると、いざって時にへこたれるぞ。外国にはジャングルや高山、砂漠があるんだから体力が必要だ』
そう言って胸を張ったアシュハルトを、リュミーは尊敬のまなざしで見つめたのだった。
『わかった! そうする!』
リュミーは立ち上がった。その拍子にクワガタムシが羽を伸ばし、開いた窓から外へと飛んでいく。薄暗い図書室から光溢れる戸外へと。力強い羽音を二人に振りまいて。
『行っちゃった……』
『別にいいさ。また採ってきてやる……というか、一緒に見つけに行こう』
それからリュミーは、アシュハルトと一緒に外遊びをするようになった。
そして外で遊ぶと、書物で知った知識が生きることを学んだ。虫や花の名前、生態がわかる。雲の形で天気がわかる。夜は星座を見ると方向がわかる。
生来の好奇心で、リュミーの世界は爆発的に広がっていったのだ。
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