[西洋の古い物語]「水の精」
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、前回に引き続き、ドイツの黒い森に抱かれたムンメル湖にまつわる不思議な物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像はハンス・ザッカ作「睡蓮」です。パブリック・ドメインからお借りしました。
「水の精」
怒れる偉大な水の神ムンメル様には大勢の美しい娘御がいらっしゃいました。彼は娘たちを用心深く守っており、ぼんやりとした月明かりによってでなければ乙女の姿の彼女たちを見ることを誰にも許しませんでした。
水の精たちは美しく、いかめしい父上とは全く似ていませんでした。彼女たちは清らかで、気品に満ち、優美で、そして親切でした。決して誰にも危害を加えたりしませんし、人々が湖を訪れても不機嫌になったりしませんでした。本当は、彼女たちは、夜、水の上で踊っているところを人々に見に来てほしかったのでした。
もし父上がこれほど用心深く彼女たちを見張っていなかったなら、可憐な彼女たちは喜んで人々を助けたことでしょう。なにしろ、彼女たちは気立てが良く、思いやり深かったので。
彼女たちが人間にしてあげることができたのは、ムンメル湖の銀色の水の上で優美な踊りを踊って人々を楽しませることだけでした。月明かりの夜にはいつも、彼女たちが湖水の上で舞い踊る姿が見られました。
その妖精のような姿形は本当に魅力的なので、彼女たちを見た人々は日々の憂さを忘れてしまうのでした。夕暮れ時、疲れ、悩みやつれて人々は湖にやって来ますが、幸せな気持ちで朗らかになって立ち去るのです。
一晩中、明け方の最初の曙光がさすまで、優美な水の精たちが波間を跳びまわる魅力的な姿を見ることができます。彼女たちの衣服は軽やかで、紗のように揺らぎます。そして、美しい黄金の髪は優しいそよ風にふんわりとなびきます。
一度か二度、向こう見ずな若者らが彼女たちの美しさに惹かれ、彼女たちに会おうとして思い切って湖の中へと入っていったそうです。しかし、その試みはいつも悲惨な結果に終りました。ムンメル様が侵入者をつかまえ、湖の下の住まいへと連れて降ります。そこで不幸な若者は召使いとして働かねばならないのです。
誰かが娘たちにあまりに近づこうとすると、ムンメル様は直ちに娘たちの人間の姿を取り去ってしまいます。彼女たちを睡蓮の姿に変え、湖の向こう岸沿いにうつむいて立たせるのです。
また、毎朝、太陽の最初の光が射し始めると、美しい娘たちは湖上での優美な踊りをやめます。ムンメル様は彼女たちを睡蓮の姿に変え、湖畔に沿って立たせておきます。
というわけで、ムンメル湖で見られる美しい睡蓮の花々は愛らしい水の精、つまりムンメル様の娘御たちなのです。今日に至るまで一輪たりとも睡蓮を摘み取ることは誰にも許されておりません。
「水の精」のお話はこれでお終いです。
睡蓮といいますと、白やピンク色の可憐な花が湖面に浮かぶ様子を描いたモネの作品を思い出しますね。日の光の移りかわりや風のそよぎ、水面の動きによって静かに揺らめく睡蓮の花々は本当に美しく、見る者を夢の中へと誘うかのようです。モネは睡蓮を愛し、たくさんの連作を残しているそうです。それほどまでに睡蓮に魅了された画家は、今日の物語の無謀な若者のように、睡蓮を摘み取りたい衝動に駆られることはなかったのでしょうか。仮にあったとしても、画家の「美を愛でる心」がそれを自らに許さなかったかもしれませんね。
画家や詩人のように美しいものを生き生きと描き出すことができる人は、なんと幸福なのでしょう。そんな才能に恵まれていない私は、せめて美しいものを損なうことなく、静かに眺めていたいと思います。そのような美に出会った幸運を喜びつつ。
このお話が収録されている物語集は以下の通りです。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。
ムンメル湖にまつわるお話はこちらからどうぞ。
https://note.com/romance_lover/n/n9ed8f5a82f6d
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