[西洋の古い物語]「踊る12人のお姫様」第1回
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回はグリム童話より、12人の美しいお姫様たちの秘密の物語です。少し長い物語なので3回に分けて訳してみたいと思います。
この物語は「イメージの魔術師」といわれるエロール・ル・カインが挿絵を描いた絵本『おどる12人のおひめさま』(1980年出版)でも有名で、その美しさは息をのむほどです。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
(※画像は、物語とは関係ないのですが、紅葉狩りに行きたいと思いながら今年はなかなか行けないので、フォトギャラリーからお借りしました。)
「踊る12人のお姫様」(第1回)
昔、モンティニー•シュル•ロックのある村に牛飼いの少年が住んでおりました。少年にはお父さんもお母さんもおりませんでした。本当の名前はミシェルというのでしたが、いつも「夢想屋」と呼ばれていました。と言いますのも、牛たちを村の共有地を通り抜けて牧場へと追い立てていくとき、彼はうわの空で虚空を見つめていたからです。
彼は色白で青い目、頭は巻毛で覆われていました。村の娘さんたちはよく彼に向かって大声で呼びかけたものでした。
「ねえ、夢想屋さん、何してるの?」
するとミシェルは「別に何も」と答え、彼女たちの方を振り向きもせずに行ってしまうのでした。
本当のことを言うと、彼は娘さんたちのことをとてもみっともないと思っていたのです。彼女たちときたら、首は日焼けしているし、手は大きくて赤いし、ゴワゴワのペチコートと木靴なんかをはいているのですから。彼は聞いたことがありました。この世の中には白いうなじで手は小さく、いつも上等の絹とレースで着飾り、お姫様と呼ばれる女の子たちがいることを。そして、仲間と焚き火を囲んでいるときも、皆がありふれた日々のくだらぬ空想の他は何も炎の中に見ていない一方で、彼はお姫様と結婚するという幸福を夢見ていたのでありました。
8月半ばのある日、お日様が一番暑くなるちょうど正午のことでした。ミシェルは乾パンを一切れお昼ごはんに食べ、樫の木の下でひと眠りしに行きました。そして、眠っている間に彼は夢を見ました。夢の中で、目の前に金色の布地のローブをまとった美しい貴婦人が現れ、彼にこう言いました。
「ブルゥイユの城へ行きなさい。そこであなたは姫君と結婚するでしょう。」
牛飼いの少年は金色のドレスの貴婦人の助言についてずっと考えておりましたが、その晩彼は自分が見た夢を農場の人々に話しました。しかし、当然のことですが、彼らは夢想屋を嘲笑っただけでした。
その翌日、彼は同じ時刻に同じ木の下で再び眠りにいきました。するとあの貴婦人が再び現れて言いました。
「ブルゥイユの城へ行きなさい。そうすればあなたは姫君と結婚するでしょう。」
その晩、ミシェルは友人らに同じ夢をまた見たことを話しました。しかし、彼らは前以上に彼を嘲り笑っただけでした。
「気にしないさ」と彼は心の中で考えました。「もし三度目にあの貴婦人が僕のところに現れたら、言われた通りにしてみよう。」
翌日、午後の2時頃、こんな歌声が聞こえてきたので、村中がとても驚きました。
「ラレオ、ラレオ、牛が行くよ」
それは牛たちを牛小屋へと連れて帰るあの牛飼いの少年だったのです。
農夫たちは彼を激しく叱り始めました。しかし、彼は静かに「僕は行くんだ」と言い、衣服をひとまとめに包むと、友人皆にさよならを告げ、恐れることなく運試しに出かけたのでした。
村中が大騒ぎで面白がりました。人々は丘の上に立ち、夢想屋が杖の先に包みをぶら下げて威勢良く谷間を歩いていくのを見ながら、おなかを抱えて笑いました。
それはきっと誰でも笑ってしまう眺めでしたからね。
ブルゥイユのお城に驚くばかりに美しい12人のお姫様が住んでいることは、たっぷり12マイル四方までよく知れ渡っておりました。お姫様たちは美しいのと同じぐらい気位が高く、その上とても繊細で、真に王家の血筋をひく「本物のお姫様」でしたから、お休みになるベッドの中にエンドウ豆が一粒あったとして、たとえマットレスで覆われていたとしてもお姫様たちにはたちまちわかったことでしょう。
囁かれているところでは、彼女たちはまさにお姫様ならではの暮らしぶりで、朝は遅くまでお寝坊し、お昼まで決して起きてこないということでした。お姫様たちは皆同じ部屋で12台のベッドに寝ておりますが、とても不思議なことに、三重のかんぬきで寝室に閉じ込められているにもかかわらず、毎朝彼女たちのサテンの靴は擦りきれて穴があいているというのです。
一晩中何をしていたのかと尋ねられますと、いつもお姫様たちは眠っていたと答えるのです。確かに、部屋の中では物音一つ聞こえないのに、靴がひとりでに擦りきれるはずはありません!
とうとうブルゥイユの公爵はラッパを吹き鳴らしてお触れを出すよう命じました。娘たちがどのようにして靴を擦りきれさせるのかを明らかにできた者には彼女たちの中から一人を妻に選ばせよう、と。
このお触れを耳にして、大勢の貴公子たちが運を試しにお城へやってきました。彼らはお姫様たちの部屋の開け放たれたドアの後ろで一晩中見張っておりました。しかし、朝が来ると貴公子たちは全員姿が見えず、彼らに一体何が起ったのか誰にもわかりませんでした。
お城に着きますと、ミシェルはまっすぐに庭師のところへ行き、手伝いを申し出ました。折も折、ちょうど庭仕事の少年にお暇が出されたところで、夢想屋はあまり頑丈そうには見えませんでしたが、庭師は彼を雇うことに同意しました。なぜなら、彼の愛らしい顔と金髪の巻き毛がお姫様たちのお気に召すだろうと庭師は思ったからでした。
まず言いつけられたのは、お姫様たちが起床なさったら一人ずつに花束をお渡しすることでした。それぐらいならうまくやれそうだ、とミシェルは思いました。
そこで彼は12個の花束をバスケットに入れてお姫様たちの部屋のドアの後ろに立ち、一人に一つずつ花束を渡しました。お姫様たちは少年をちらりともご覧になることなく花束を受取りましたが、一番末のリナ姫だけは別でした。彼女はビロードのように優しい大きな黒い瞳で彼をじっと見つめ、「あら、新しいお花係の男の子はなんて可愛らしいのでしょう!」と叫びました。他のお姫様たちは全員、思わず声をあげて笑い出しました。一番年長のお姫様は、お姫様たるもの決してお庭番の少年を見たりして自らを貶めてはいけません、と注意しました。
姿を消した貴公子たちに何が起ったのか、ミシェルにはすっかり合点がいきました。それでも、リナ姫の美しい瞳は、運を試してみようという激しい願望で彼を勇気づけました。しかし、残念ながら彼にはそれ以上踏み出すことができませんでした。馬鹿にされるだけなのでは、それどころか、無礼をとがめられてお城から追い出されるのでは、と思うと彼は恐ろしかったのです。
ところが、夢想屋はまた夢を見ました。金色のドレスをまとったあの貴婦人がもう一度現われたのです。彼女は一方の手にローレルの若木を2本持っていましたが、その1本はチェリー・ローレル、もう1本はローズ・ローレルでした。また、もう一方の手には小さな黄金の熊手、小さな黄金のバケツ、そして絹のタオルを持っておりました。彼女は彼にこのように話しかけました。
「この2本のローレルを2つの大きな植木鉢に植え、熊手で土をかぶせ、バケツで水をやり、タオルで拭いてあげなさい。2本の木が15才の女の子ほどの背丈に成長したら、それぞれにこう言いなさい。『僕の美しいローレルよ、僕は黄金の熊手でお前に土をかぶせ、黄金のバケツで水をやり、絹のタオルで拭ってあげたのだよ。』そしてその後、何でもお前が欲しいものをくれるよう頼みなさい。ローレルの木はそれをお前にくれるでしょう。」
(※ローレルは常緑の低木で月桂樹と呼ばれています。香りのよい白い花が咲き、種類もいろいろあるそうです。)
ミシェルは金色のドレスの貴婦人にお礼を言いました。目覚めると傍らに2本のローレルの木がありました。そこで彼は貴婦人から与えられた指示に注意深く従いました。
2本の木はとても早く成長しました。15歳の女の子ほどの背丈になったとき、彼はチェリー・ローレルに言いました。
「僕の可愛いチェリー・ローレルよ、僕は黄金の熊手でお前に土をかぶせ、黄金のバケツで水をやり、絹のタオルで拭ってあげたのだよ。回りから姿が見えなくなるにはどうしたらいいか、教えておくれ。」
するとローレルの木に可愛らしい白い花が現われました。ミシェルはそれを摘み、自分の服のボタン穴に差し込みました。(続く)
「踊る12人のお姫様」第1回はここまでです。
この物語が収録されている物語集は以下の通りです。
https://www.gutenberg.org/cache/epub/540/pg540-images.html
Title: The Red Fairy Book
Editor: Andrew Lang
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
チェリー・ローレルの白い花はミシェルの願いを叶えてくれるでしょうか。ミシェルはお姫様たちの秘密を解き明かすことができるでしょうか。
次回をどうぞお楽しみに。