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[西洋の古い物語]「宝物が盗まれた夜」

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、ドイツの黒い森に抱かれた深い湖にまつわる不思議な物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

「宝物が盗まれた夜」

 ハンス少年とお母さんはムンメル湖のほとりに立っておりました。ムンメル湖は大きな丸い湖で、まわりを岩壁に囲まれておりました。岩壁には黒ずんだ松の木々が生い茂り、水中にまで長い影を落としておりました。
※ムンメル湖は、ドイツの黒い森北部にある深さ17メートルの湖です。深い森に抱かれた神秘的な景色を求めて観光で訪れる人も多いそうです。

 湖水は薄暗いベッドで眠っているかのように静かでした。あまりに静かなのでハンスは不思議に思いました。彼はお母さんのそばにそっと身を寄せました。
「どうして湖はこんなに静かなの」と彼はささやきました。「それにお魚はどこにいるの。」

「あのね」とお母さんは答えました。「一つお話をしてあげましょう。ムンメル湖にはもうお魚はいないのですよ。もう何年も何年も前にムンメル湖からいなくなってしまったの。この場所には、ムンメル様という偉い水の神様が住んでいらっしゃるのですよ。娘御の美しい水の妖精たちも一緒にね。」

「昔々」とお母さんはお話を続けます。「ある男が高価な宝物を手に入れるために大きな罪を犯したの。逃げる途中でその男はムンメル湖へとやって来たのだけど、宝物の袋を持っては湖を泳いで渡ることはできなかったの。一体どうすればいいのでしょう。今すぐ何とかしなければ捕まってしまうとわかっていましたからね。」

「そうだ!宝の袋を湖の水際のところに落としておこう」と彼は考えました。「水面は暗いから、誰も宝を見つけることはできないだろう。そして自分はあのよく茂った藪の中に隠れていよう。あそこなら安全だろうから。」

 彼は藪の一番茂っている所に這い込みましたが、なんだか変な感じがしました。茂みはまるでたくさんの手のように彼を捕まえ、ぎゅっと握りしめてくるのでした。彼は動くこともできません。もがきにもがきましたが、抗えば抗うほど茂みは一層しっかりとつかんでくるのです。

 彼はもがくのを諦め、暗い水面に目をやりながら静かに横たわっておりました。すると何かもっと不思議なものが見えたのです。一体何なのでしょう。それは湖から上がってくる巨人の姿のように見えました。巨人は見たこともないほど恐ろしい顔つきをしていました。

「それは何だったの、お母さん」とハンスは尋ねました。「幽霊なの?」
「湖にお住まいのムンメル様が怒って出てこられたのですよ。ムンメル様はほんの少しでも静かな暮らしをかき乱されるのを決してお許しにならないの。小石一つでも湖に投げ込んだ者はムンメル様のお仕置きを免れることはできないのですよ。」

 今やムンメル様は水面から立ち上がり、驚き怯える男をつかまえました。茂みはまるで魔法にかけられたかのように彼を放しました。そして一言も発することなく恐ろしい水の神は身をかがめ始め、冷たく暗い水の中へと沈んでいきました。

「ああ」とハンスは叫びました。「その男の人は溺れて死んでしまったの?」

「いいえ」とお母さんは答えました。「溺れはしなかったのよ。偉大な神様はその男を湖の底まで引きずり下ろしたの。そこにはすばらしい宮殿があってね、ありとあらゆる不思議な生き物が棲んでいるのよ。」
「でも、そこで男の人は何をしているの?まだ生きているの?」
「生きていますよ。ムンメル様はその人を死なせはしないでしょう。生かしておいて宮殿のお台所で毎年毎年働かせるのよ。」
「その人には休憩もお休みの日もないの?」
「湖の底ではお休みなんか要らないのよ。だってその人はもう私たちみたいにいつかは死ぬ人間じゃないのだから。でも、一年に一度、一夜だけ、お台所で働くのをやめるの。その時には人間に戻って、陸の上に帰ってくるのよ。」

 毎年、彼が罪を犯したその日には、彼は地上の衣服を身に付けて湖から上がってきます。この世界に着くと、突然彼は自分が罪を犯した場所にいることに気付くのです。誰かがやってくる物音がしたので彼は宝物を背負って逃げ出します。その都度ムンメル湖の同じ場所にやって来て、宝物の袋を湖に投げ込みます。そして以前した通りに茂みの中に隠れようとし、茂みにつかまれ、捕えられるのです。そして毎年ムンメル様はあの時のように怒って湖から出てこられ、茂みからその男を引っ張り出し、また湖底の宮殿へと連れて下りるのです。

 湖のほとりの茂みの中で不思議な物音を聞いたという人は大勢います。水面から不思議な姿が上がってくるのを見た気がする、と言う人々もいます。その夜には湖は大いに波立つのだと人々は言います。風は大きな音を立て、茂みは湖に向かって頭を垂れるのです。

 こういう不思議なことが起こる夜には、人々はこの場所に近づかないよう気を付けています。他の時には喜んで行くのですが、宝物が盗まれた夜にはそこにいるのを見つけられることを望まないのです。

「宝物が盗まれた夜」の物語はこれでお終いです。

 湖には水神が住んでいる、という伝説は世界中にあるようですね。日本でもあちらこちらの湖や池などに龍神伝説が伝わっています。人は湖の水面を見ていると何か神秘的なものの存在を感じるのでしょうか。

 漸く本格的に秋らしくなり、木々の葉は色づき、金木犀の甘い香りが漂う季節となりました。秋の装いを凝らした湖へとお出かけしたくなりますね。多くの観光客が賑やかに押し寄せると湖の神様は迷惑に思われるでしょうか。年々秋は短くなり、すぐに寒い冬がやってくるでしょうから、少しの間なら神様も我慢してくださることでしょう。でも、せめて、ゴミなどを放り込んだりしないよう、畏敬の念とマナーを忘れないようにしたいものですよね。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。

ムンメル湖にまつわるお話はこちらからもどうぞ。


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