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[西洋の古い物語]「白鳥の騎士」第2回

こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、白鳥の騎士ローエングリンのお話の後編です。白鳥の引く小舟に乗ってライン川をくだり、エルザ姫の救援に駆けつけたローエングリンは、果たして彼女を救うことができるのでしょうか。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。

※ 画像はノイシュバンシュタイン城です。パブリック・ドメインからお借りしました。この城の主だったルートヴィヒ2世はワグナーの楽劇を熱愛し、「ローエングリン」もお気に入りであったそうです。城内にはワグナーの楽劇のいろいろな場面を描いた美しい絵が飾られています。

「白鳥の騎士」第2回

 小舟は通り過ぎ、川を下っていきました。牢獄の戸が開けられ、フリードリヒ・フォン・テルラムントがエルザを馬上槍試合場に連れて行くために姿を現しました。布告官がエルザの擁護者を呼ぶ最後の呼び出しをするのを聞くと、彼の残酷な唇は勝利の笑いでゆがみました。ラッパの音が聞こえなくなると、フリードリヒは話しかけようとしてエルザの方を向きました。すると突然、よく響く声が試合場の端から聞こえました。
「ここに、私、白鳥の騎士が、姫君の権利のために闘う用意ができております。姫君の大義を勝ち得るか、さもなければ死ぬ覚悟でございます。」

 賛嘆の叫び声が群衆から上がりました。ライン川の方を振り向くと、そこには一人の眉目秀麗な騎士が白鳥に引かれた小舟の中に直立しているのが見えました。呪文にかかったように皆は彼を見つめました。彼は軽やかに岸にとび降り、白鳥を帰しました。白鳥は美しい、夢のような歌を発しながら川を下っていき、姿が見えなくなりました。

 しばしローエングリンはエルザの足元に跪き、彼女を救う厳粛な誓いを立てました。そして忠実な馬に跨がると、面貌を下ろし、試合場で位置につきました。

 闘いが始まりました。騎士たちも貴婦人たちも息をのんで見守りました。鋼がぶつかり合う音と二人の騎士の重い息づかい、そして馬が地面を踏みつける音の他は何も聞こえませんでした。もうもうと立つ埃が彼らの姿を覆い隠さんばかりでした。
 
 突然、激しく打ちつける恐ろしい音が聞こえました。フリードリヒ・フォン・テルラムントの巨体が一瞬鞍の上で揺れたかと思うと落下して土埃の中に転がるのが見えました。間髪置かずローエングリンは馬から降り、片足でテルラムントの胸を踏んで立ち、降伏するよう命じました。勝ち鬨と歓喜に満ちたラッパの音が勝利を告げました。夏空に歓呼に次ぐ歓呼が響き渡り、ローエングリンは再びエルザの前に跪きました。騎士たちや貴婦人方の叫び声は大きく、長く続きました。エルザは自分を守ってくれた人に、「立ち上がってお礼に何をお望みかを教えてください」と優しい声で頼みましたが、その声はかき消されてしまいそうでした。

 人々はその静かな声に気付きませんでしたが、ローエングリンは一言も聞き漏らしませんでした。
「私をお試しにならないでください、ああ、高貴な姫君よ!」と彼は答えました。「ここであなたの足元にいつまでもこうしていたいものでございます。私があなたをどれほど愛しておりますか、また、いつかあなたに結婚の申し込みをしたいとどれほど望んでおりますか、打明けずにはおられません。」

 エルザの柔らかな頬の愛らしい紅潮は、この言葉に赤みを増しました。長いまつげが美しい瞳に影を落としておりました。彼女はおずおずと手を差し出しました。
「あなたは私をお救いくださいました、騎士様」と彼女は静かにささやきました。「私はあなたのものでございます!」
二人の会話は一言も人々には聞こえませんでした。と言いますのも、騎士が低く身をかがめ、エルザの手を唇に押し当てると彼らの叫び声は倍加したからでした。

 しかし、騎士の花嫁になるというエルザの約束は夜にはもう知れ渡っておりました。さっそく、婚礼の準備が始められました。

 フリードリヒ・フォン・テルラムントとの結婚を考えると恐怖で震えたエルザでしたが、自分を救ってくれた見知らぬ騎士に自らを与えることには一片のためらいもありませんでした。また、彼が「私の名前も出自も決して知りたがってはなりません」と彼女に言った時にも、彼女は全く疑念を覚えませんでした。彼の名前と出自は彼女にも人々にも秘密のままにしておかねばならず、さもなければ二人は永遠に別れねばならなくなるのでした。

 大勢の騎士たちや貴婦人方が結婚式に参列しました。若きローエングリンと美しい花嫁は穏やかな幸福の中で何年も過ごしました。一人また一人と三人の可愛らしい子供たちが生まれて彼らの幸福を増し加えるにつれ、お互いへの愛はますます深まり、一層高まっていきました。

 しかし、エルザは、夫の変わらぬ愛に申し分なく満足していたものの、領内の多くの人々が秘かに彼を疑っていることに気付かないではいられませんでした。彼らは何度もいろいろなやり方で彼の名前と出自を明らかにしようと試みました。

 少しずつ彼女もいぶかしく思い始めました。そのことを考えれば考えるほど、彼女は一層夫の秘密を知りたくてたまらなくなるのでした。とうとうある日、彼の傍らに腰掛けているとき、彼女は突然夫の方を向き、禁断の問いを問うたのです。

「エルザ!エルザ!あなたの信頼は無くなってしまったのか」と白鳥の騎士は打ちひしがれた声で叫びました。「もう私を信じられないのか。あなたをこんなに愛しているのに。こうなっては私は去らねばならない。私たちの幸福は終ったのだ!だが、立ち去る前にあなたの問いに答えよう。一緒においで!」

 彼の真っ青な顔と絶望的な眼差しはエルザを我に返らせました。愛情のこもった叫び声をあげて彼女は彼の胸に身を投げ、彼に許しを乞い、彼女の問いを忘れてくれるよう頼みました。彼は悲しげに首を振りました。
「もう遅いのだ、エルザ」と彼は答えました。「遅すぎるのだ!あなたは私を疑った。私はあなたのもとを去らねばならない。しかし、行く前に全てを教えてあげよう。」

 騎士たちはライン川にほど近い大晩餐会場に参集していました。突然主人が入ってきたので彼らは驚いて立ち上がりました。彼は真っ青になってすすり泣いているエルザの手をとって優しく導いていました。

「聞いてほしい、おお、諸卿よ」と彼は始めました。「私が皆のもとを去らねばならない時が来たのだ。だがその前に、私がローエングリン、偉大なる王パルジファルの息子であるとあなた方は知るべきであり、これは正当なことである。私はあなた方のエルザ姫をフリードリヒ・フォン・テルラムントから救うため、聖杯によってここに遣わされたのだ。今、聖杯が私をお召しとあらば、私は行かねばならない。出発する前にあなた方にお願いしたい。我が幼な子たちを忠実に見守ってくれること、そして子らの母の涙を拭い去ってくれることを。さらばだ!」

彼の言葉が終わると静寂がありました。彼はエルザを最後にもう一度愛情を込めて抱きしめました。すると、あの甘美な音楽の優しい調べがライン川を漂いくだってきました。ややあって、あの白鳥が姿を現しました。

 ゆっくりとローエングリンは我が身をエルザの震える腕から引き離しました。彼は階段をとび降り、忠実な白鳥の小舟に乗り込みました。白鳥は悲しい音楽に合わせて滑るように進んでいき、永遠に彼の姿を運び去りました。

「白鳥の騎士」のお話はこれでお終いです。

 「正体を問うてはならない」とか「姿を見てはならない」という禁忌はいろいろな物語に見られますが、ギリシャ神話の「エロスとプシケ」の物語が有名ですね。

 日本にも同じような禁忌を含むお語があるようです。最近、『平家物語』を読み直していると、巻八「緒環(おだまき)」に次のようなお話がありました。豊後国の住人、緒方三郎惟義(おがたのさぶろうこれよし)は平重盛に仕えた家人でしたが、太宰府に落ちのびた平氏に味方せず、追放しました。

緒方三郎惟義は大蛇と人間の娘の間に生まれた子供の子孫だったそうです。大蛇は若者の姿で娘の所に通いますが明け方にはどこへともなく帰ってしまうので、娘は男の正体を知らないでいたのです。しかし、身ごもった娘は母親の入れ知恵で男の襟に糸のついた針を刺しておき、夜が明けてからその糸をたどって男の居場所を突き止めます。

中からは針がささって苦しむ男の声が聞こえてきます。男は自分の姿を見ずに帰れと言いますが、娘が「お姿をお見せ下さい。昼間の私はお気に召しませぬか」と嘆願すると、姿を現したのは恐ろしい大蛇であった、ということです。

このお話が収録されている物語集は以下の通りです。

この物語集からのお話は今回で終わりです。次回は新しい物語集からお話をご紹介したいと思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。

「白鳥の騎士」第1回はこちらからどうぞ。



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