『7人の聖勇士の物語』第8章 スコットランドの騎士、聖アンドルーが白鳥に変えられた6人の王女を元の姿に戻し、6人全員から愛されるお話。
こんにちは。
いつもお読みくださりありがとうございます。
イギリスのエリザベス女王が崩御されました。
在位70年の「ダイヤモンド・ジュビリー」のお祝いがあったのはつい先頃のこと、ご高齢でしたが、これからもあの素晴らしい笑顔を拝見できるものと勝手に信じておりました。
本当に寂しくてなりません。
素敵なお召し物や「ロイヤル・コーギー」と呼ばれるワンちゃんたちのことなど、華やかな話題でいつも注目の的でしたが、そのご生涯には苦難も多かったとのこと。どんなときも威厳と優雅をまとった、気品ある女性でいらっしゃいました。高貴でいらっしゃるのに高ぶらず、常に弱い人々と共にいて下さり、世の中のために奉仕なさった “the flower of grace”でした。
亡き女王への人々の愛と尊敬はいつまでも絶えることがないでしょう。私もせめてお花を1輪お供えさせていただきたく、今日の写真は気高く美しい「イングリッシュローズ」をフォトギャラリーからお借りしました。少し下向き加減で微笑むかのような様子がお優しい女王にぴったりだと思います。ありがとうございました。
ところで、『7人の聖勇士の物語』でも大活躍のイギリスの守護聖人、聖ジョージは、エリザベス女王も団員である「ガーター騎士団」の守護聖人でもあります。
下の写真は「2008年6月16日、セント・ジョージ・チャペルまで行進するガーター騎士団の正装姿の女王エリザベス2世」(From Wikimedia Commons, the free media repository)です。
頸飾の先端の記章には馬上から竜を退治する聖ジョージの姿がかたどられているのだそうです。
『7人の聖勇士の物語』の続きです。
『7人の聖勇士の物語』
第8章 スコットランドの聖アンドルーの冒険
次に、名高いスコットランドの聖アンドルーがあの真鍮の柱から立ち去った後にどんな冒険に出会ったかが気になるところです。聖アンドルーに付き従ったのは同じスコットランド出身の忠実な従者マードック・マッコールパンでした。輝く太陽の方に顔を向け、東の方向へと旅を続けておりますと、陽光が騎士の盾や兜を燦然ときらめかせましたので、見る人全てを驚かせ、彼の眼前から面食らって逃げ出すのでした。ついにロシアの荒野を横切り、荒涼たるシベリアに入りました。そこで北へと転じ、太陽が昇らない苛酷な時期が何ヶ月も続く地域に入りました。暗黒の中、騎士と忠実なマードックは槍を前方に突き出して道を探らねばならず、何か巨大な怪獣と今にも遭遇するのではないかと思われました。その予想は間違っていませんでした。といいますのも、突然、大きな唸り声が耳に飛び込んできますと、丁度昇りつつあった月の明かりが、彼らの行く手を阻む一群の熊の姿を照らし出しました。
「おい、断平(幅広の剣)を抜いて私に続け。」と聖アンドルーは槍を振り回しながら叫びました。
従者は、プレードが破れたり汚れたりしないよう注意深くたくしあげると、大声で叫びながら主人に従い、直ちに両者は突進し、猛り狂う野獣の群のさなかで刀をふるいました。たくさんの首が雪の上に転がり落ち、周囲何マイルにもわたって雪が野獣たちの血で朱に染まりました。
(※プレードとは格子状の柄で、スコットランドの氏族が用いるタータンチェックもその一種。プレードを織り上げた1枚のウール地を身に付けるのはスコットランド男性の伝統的衣装です。)
騎士は再度突撃しながら、「熊ほど追い払うのが難しい生き物はいない」と言いました。「行け、マードック、行け。為さねばならぬことなら為すのみだ。為せば成る!」
このように叫び、野獣を殺しながら、騎士と従者は何時間も闘い続けました。ついに生き残った熊たちは最悪の結末を察して逃げだし、北極点にたどりつくまで立ち止まりませんでした。北極点で立ち止まったのはただそれ以上行けなかったからです。聖アンドルーはこれ以上熊たちを追いかけても無駄な骨折りであると思いました。
彼が次に遭遇したのは狐のような頭をした種族の人々でした。彼らの狡猾な手管と策略から脱出するのは困難の極みでした。騎士の武力によって制圧されたにもかかわらず、彼らは相変わらず彼を陥れようと新たな策略をたくらんでいる様子でした。
漸く切り抜けて、たどり着いた所は陰鬱な谷間でした。空は原初の暗黒エレボスのように暗く、目に見えない炉が発する轟音や、大釜が煮え立ち、武具がガチャガチャと音を立てるのが聞こえました。また、馬が地面を踏みしだき、鎖がジャランジャランとなる音、野獣の咆哮、大蛇のシューシューいう音、この世のものならぬ悪霊たちの叫び声が聞こえました。スコットランドの聖アンドルーとその忠実な従者マードック・マッカルパン以外の者でしたら、こうした恐ろしい音に心臓が恐怖で震えたことでしょう。しかし、彼らは落着いて通り過ぎ、信じられないほどの困難を通り抜けていきました。騎士も従者も、もっと南の地の生まれでしたので、これらの困難にはすっかり疲労困憊してしまったことでしょう。
そうこうしながら彼らはグルジア王国にたどり着きました。彼らは、頂きに城が立つ山のふもとに着くまで足を止めませんでした。その城の鉄の城壁の内側にはグルジア王の6人の美しい王女が黄金の冠を戴いた白鳥の姿のまま、まだ閉じ込められているのでした。
勇敢なスコットランドの戦士は城が立つはるか高みを仰ぎ見、その城が難攻不落であるらしいのを見て取ると、何か不思議な冒険が彼に降りかかるのではないかと思いました。そこで、暑さのため緩めていた武具をしっかりと締め直し、剣を抜くと、彼は山を登りました。すると、峨々たる岩の上に巨人の首なし死体を見つけました。鴉やその他の鳥たちがそれを餌にしておりました。
城門に近づきますと、驚いたことに、グルジア王を先頭に、嘆き悲しむ人々の長い行列がやってきたのです。訳を問うと、年老いた王は6人の娘たちの身を嘆いているのだ、彼女たちを人間の姿に戻すことがどうしてもできないのだ、と告げられました。
聖アンドルーはこの不思議な話を聞くと、そんなことはあり得ないと、幾分強い語調で言いました。
これを聞くと王と廷臣たちは非常に憤り、大勢の騎士たちが歩み出て、異国の者に決戦を挑みました。馬上槍試合の試合場が速やかに準備されました。キリスト教国の勇敢な戦士は試合場に入場し、王も多くのグルジアの貴族たちを伴って、試合をご覧になるために臨席されました。聖アンドルーは馬に乗り、槍を振り回しながら三度試合場を行ったり来たりしました。その槍の先端には黄金の吹き流しが吊られており、その上には「今日この日、殉教者か、さもなくば征服者とならん!」と銀の文字で書かれておりました。すると、すばらしく輝く武具に身を包んだ一人の騎士が、雪のように白い軍馬に跨がって入場してきました。馬の飾り衣装は地水風火の四大元素の色でした。続いて、激烈な闘いが行われ、グルジア側は敗北し、恥辱のなか試合場から退出しました。
すると、緑色の武具をまとい、鉄灰色の馬に乗った騎士が入場してきました。互いの槍が互いの盾を大きな音で鳴らし、剣が激しい音をたててぶつかりあい、戦斧がまじわる音が鳴り響きましたが、ついにグルジアの戦士は逃げ出しました。
3番目に入場してきた騎士は黒い半甲冑を身に着け、巨大な軍馬は黒い絹のヴェールで覆われておりました。手には鉄でまわりを覆われた大重量の棒杖を持っておりました。戦士たちが相まみえるや、互いの槍は猛烈な衝撃で粉々に砕けて空中高く飛び散りました。そこで彼らは馬からとび降りると、切っ先鋭い剣で戦闘を再開しました。二人の兜からは、まるで鍛冶屋の鉄床から飛び散るように、火花が飛び散りました。
忠実なマードックが心配そうな眼差しで闘いを見ておりますと、背の低い醜い容貌の老女に突然声をかけられました。老女は他の見物人から何かを教えてもらおうとしていましたが、教えてもらえなかったのでした。
彼は礼儀正しくお辞儀をしたものの、慌てて答えないよう注意しながら、「おばあさん、どうしてお知りになりたいのですか。」と尋ねました。
実は老女は善良な妖精だったのです。彼女は次のように答えました。「何か良いことをしようとここにやってきたからです。でも、命がけの闘いが行われている間は、私は力を使うことができないのです。」
そこでマードックは知っていることを全て老女に話しました。すると彼女は次のような助言を彼に与えました。目下の闘いが終ったら主人のところへ急いで行って、白鳥の姿に変えられた王女たちの話を真実だと信じると明言させなさい、そして王女たちを元の姿に戻すことを申し出るようにさせなさい、と。
その間、スコットランドの戦士と黒衣の騎士との闘いは、鎮まることのない怒りに燃えて続行し、どちらかが有利になっても、もう一方に撃退されるということが続きましたが、ついに聖アンドルーは雄叫びをあげながら戦斧で強烈に打ちかかり、グルジア人の兜ごと頭の天辺から肩まで切り裂きましたので、彼の体は命を失って地面に倒れました。
これに王は激怒し、スコットランド人の騎士を殺してしまえと命じようとしましたが、その時、マードックが駆けつけて、主人に妖精の助言を伝えました。
戦士が妖精の命令どおりにしますと、王は、幾分せっかちではありますが寛容な性質の方でしたので、騎士の願いに同意しました。
騎士は言いました。「高貴なる王様、我が剣にお誓いください。私がたった今お引き受けしました務めを成し遂げてしまうまで、私が殺したあの戦士のことで私や従者に何ら恥ずべき裏切り行為を試みようとなさいませんことを。」
そこで、年老いた王は玉座から降り、勇敢なる聖アンドルーの剣の上に身をかがめ、彼が望む通りに誓いをたてたました。
騎士は城内に入り、庭へと行きました。そこには醜い老女ではなく輝くばかりに美しい貴婦人がおりました。それが実は妖精の本当の姿だったのです。
「あそこに6羽の白鳥が見えますね」と彼女は言いました。「近づいてきたら1羽ずつ剣で思いっきり打つのです。どうなるかを恐れてはなりません。」
騎士が水晶のような湖のほとりで輝く剣を持って立っていますと、6羽の白鳥が優雅に近づいてきました。彼は1羽ずつ剣で打ちました。すると打たれた白鳥の首が体を離れて飛び上がり、語るも不思議なことですが、首のかわりに美しい乙女が現われました。騎士は真の礼節をもって乙女の手をとり、水面の不安定な足場から乾いた地面の上へと移るのを助けてあげました。このようにして、数分のうちに、戦士は6人のこの世で最も美しい乙女たちに取り囲まれておりました。彼女たちは緑色の狩りの衣装に身をつつみ、一人一人が武具をまとって狩猟に向かう女神ダイアナと見まがうばかりでした。
妖精は言いました。「天晴れでございました、高貴なる戦士様。私が醜い老女の姿のとき、あなたは私の姿や言葉を軽蔑なさいませんでした。今後は常にあなたをお助けし、お守りいたしましょう。あなたが胸をときめかす雄々しい冒険を求めて旅を続けられる間中ずっと。おいとまいたします。ですが、どうぞお忘れなく。お召しとあらばいつでも参ります。」
そして、妖精は孔雀が引く黄金の車に乗り、すばやく空中を滑空しますと、高くそびえるエルブルス山の山腹のまわりを漂う雲の合間に消えていきました。
彼女が行ってしまうやいなや、6人の貴婦人たちは、残酷な縛めから解き放ってくれた高潔な騎士に感謝の雨を降らせました。すると、異国の騎士がどうなったのかを確かめようと、グルジア王が騎士や廷臣たちに付き従われて城の庭に入ってきました。
聖アンドルーが元の姿に戻った6人の王女たちを示しますと、王はそれ以上ないほど驚喜し、感謝しました。そして、感激のあまり、「そなたに6人全員を娶らせよう」と叫びました。これに対してスコットランドの騎士は、真の慎みをもって答えました。「お一人の王女様でも私にはもったいないと思いますし、今のところまだ独り身でいたいと思います。」
翌日、巨人の城の中で王の料理人が用意した豪華な祝宴の後、一行はグルジア王の宮殿へと行進して戻っていきました。旗をはためかせ、シンバルを打ち鳴らし、太鼓と喇叭で楽しい音楽を奏でながら。
王は長女はどこかと尋ね、彼女がイタリアの戦士と駆け落ちしてしまったことを知りました。このことは王の心にとても重くこたえましたので、スコットランドの騎士と6人の美しい王女たちのために計画されていた祝賀行事はすべて延期せざるを得なくなりました。
聖アンドルーは、高潔な仲間の一人であるイタリアの戦士がまだ近くにいることを聞くと、従者マードックを傍らに呼び、出発の準備を命じました。6人の王女たちとの別れの辛さを避けたいと思いましたし、また、彼女たちの立派な父君が寛大な申し出(※王女たちとの結婚のこと)をあらためて繰り返すと困りますので、聖アンドルーはグルジア王や主要な顧問官たち、国務大臣、この国の大貴族たちに暇乞いをすることなく、首都を出発し、イタリアの聖アンソニーと美しいロザリンドを追っていきました。
翌日、6人の王女たちは、お慕いしてやまないあの騎士の出立を知りますと、十分な財宝と旅にふさわしい衣服を準備して、秘かに父王の宮殿を後にしました。6頭の白い婦人用の馬に乗り、ロバに乗った6人の乙女たちをお供につれて旅立ちました。王女たちは、あの名高い勝者、スコットランドの戦士を見つけ出そう、さもなければ異国の地のどこか聖なる隠遁所で独り身の祝福のうちに生涯を終えようと心に決めていたのでした。
王女たちの出発の報を受けるや、グルジア王はたった一人、巡礼のように粗末な衣服をまとい、銀の石突きのついた黒檀の杖を手にして、宮殿から出発しました。愛する子供たちを取り戻すか、さもなければどこか見知らぬ土地の、誰からも忘れられるままに安らかに眠れる場所に骨を埋める覚悟でありました。
王の顧問官や国務大臣たち、他の大貴族たちは王が突然秘かに出発したことを聞くと、耐えがたい悲しみが彼らの胸を襲いました。宮殿の門は黒い布の覆いがかけられ、あらゆる楽しみが終ってしまいました。貴婦人方や宮廷の淑女たちは私室でため息をつきながら座っておりました。当面、ご婦人方をそこにそうして置いておき、私たちは他の話を語ることにいたしましょう。
今日はここまでです。
長女ロザリンド王女に続いて6人の王女たちまでもが年老いた父王を置いて旅立ってしまいました。王女たちは愛しい聖アンドルーに追いつくことができるのでしょうか。聖アンドルーは王女たちの誰かと結婚するのでしょうか。この続きはしばらくお待ちいただくことにしまして、次回はアイルランドの聖パトリックのお話です。
どうぞお楽しみに!