[西洋の古い物語]「ノームの道」
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回も、ライン河畔を舞台とした不思議な物語をご一緒にお楽しみくださいましたら幸いです。
実家の近くに木がたくさん植わっている大きな公園があります。
毎夏の夕暮れ時、その公園からヒグラシの鳴き声が聞こえてきます。
昨日の夕方も、通りかかりましたら、「カナカナ・・・」と聞こえてきました。美しく、もの悲しげな鳴き声に耳を傾ければ、なんだか異世界へと招かれているような気がして、我知らず妖しい気持ちになります。
夕食時も近く、先程まで歓声をあげて遊んでいた子供たちも家に帰り、誰もいなくなった公園では、まだ強い夕陽を受けて遊具の金属部分はキラキラと光り、木々の葉も高いところでは輝いて見えますが、下の方は既に濃い陰をつくり、明から暗へと移り行く端境の時がなんとも妖しくて、心惹かれるのです。
そのとき、一台の車が近くを通り過ぎ、その音でハッと私は我に返り、歩き出しました。後ろの公園から聞こえてくる「カナカナ・・・」の鳴き声は、私の後ろ髪を長い間つかんで、なかなか放してはくれませんでした。
それでは「ノームの道」の物語を始めたいと思います。
※画像は、ドイツのケーニヒスヴィンターにある「竜の城」と呼ばれるお城の写真です。パブリック・ドメインからお借りしました。
「ノームの道」
ライン河畔の高い丘の上には古いお城の廃墟が今でもありますが、そこにはかつてクノ・フォン・ザインが住んでおりました。クノはたいへん誇り高い若者でした。なぜなら、彼はとても高貴な一族の一員であったからでした。
彼は、ファルケンシュタインのむっつりとした老領主の美しい令嬢に恋に落ちました。彼はついにその乙女の愛を勝ち得ることができたのですが、彼女の父親をとても恐れておりました。
希望と恐怖がまじった数ヶ月の後、彼は老領主のもとを訪ねて令嬢との結婚の許しを乞うことを決心しました。ある美しい朝、彼は自らの目的を果たすため、ファルケンシュタイン城に向かって旅立ちました。その城は、小さな川のほとり、はるかに聳える高台の上に立っておりました。
それは長い旅路でした。城の場所にたどり着いた頃には、クノはもう勇気をほとんど失いかけておりました。しかし、すぐさま彼はファルケンシュタインの領主の御前へ赴き、大胆に自分の望みを述べました。
いかめしい顔つきの老領主は彼を長い間じっと見つめてから、このように言いました。その声の調子は哀れなクノにとって恐ろしく聞こえました。
「考えてみよう。但し、儂のためにあることをしてくれるとお前が約束するならな。」
クノは、自分が何をすることになるのか尋ねようともせず、熱心な顔で同意しました。
「ならば」とファルケンシュタインの領主は言いました。「娘との結婚を許そう。条件は険しい岩山の上を越えて村へと通じる便利な道をお前が造ることじゃ。お前は明朝の日の出までに戦用の馬に乗ってその道を登ってくるのじゃ。」
気の毒なクノは言葉も出ませんでした。何を言うことがあったでしょう、なぜならその仕事がいかに不可能であることが彼にはわかっていたからです。数ヶ月間懸命に働いてもそんな大工事の完成はとても無理なことでした。
彼は悲しい思いで岩山を降りていきました。美しいイルマンガルデ、愛するひとの姿をちらりとも見ることはできませんでした。彼は谷間の岩の上に腰をおろし、自分の馬鹿さ加減を非難し始めました。
突然小さな呼び声がし、彼は考え事から呼び起こされました。
「クノ、クノ・フォン・ザインよ」とその声は言いました。
目を上げると、彼の前にはノームの王が立っておりました。ノームとは地下に住むというこびとのことです。
「絶望してはならぬ」と親切そうな小さなこびとは言いました。「朕も我が臣下たちも、かくも善良な騎士を喜んでお助けしよう。馬を置いてきた宿屋へと戻るがよい。明朝、日の出前には、道を完成させようぞ。」
こう言うとノームの王は手を振りました。ものすごい霧が立ち、丘も谷間も濃霧に覆われました。すると、何千ものこびとのような者たちがあちこちの地面から飛び出してきました。彼らは、斧やハンマーやスコップを一生懸命にふるい始めました。一晩中、クノ・フォン・ザインには森の大木が倒れるすさまじい音や石を粉砕する音が聞こえました。まるで雷のような大きな轟音も始終聞こえました。夜を通して途切れることなくガタガタ、ガラガラいう音が続きました。明け方、彼が部屋から出ますと、宿屋の主人が挨拶をしました。
「昨夜は谷間で大嵐が荒れ狂ったに違いありませんね」と主人は言いました。「音がすごくて一晩中眠れませんでしたよ。」
クノは立ち止まって主人の話を聞くどころではなく、大声で馬を引けと命じました。馬に跨がると大急ぎで山のふもとへと駆けていきました。はるか上にはファルケンシュタインの城が聳え立っています。クノの胸は喜びで弾みました。そこには、確かに、城へと登っていく道があったのです。ノームの王は約束を守って、森を抜け岩山を越える広い便利な道を造ったのでした。クノは恐れることなく、あちこちの岩や木の陰から彼を見つめている親切なこびとたちと微笑をかわしながら、馬を駆って登っていきました。城の城壁からは美しいイルマンガルデが歩み出てきました。
クノはこびとたちが今まさに仕上げようとしていたアーチ型の橋を勢いよく飛び越え、元気よく彼女に挨拶をしました。こびとたちは喜々として勝ちどきあげました。ファルケンシュタインの騎士はその叫び声で目を覚ましました。外を見てみますと、そこには、新しく造られた道が城からはるかかなたまで続いているのが見えました。まだ夢を見ているに違いないと思い、彼は何度も目をこすりました。
しかし、イルマンガルデとクノの喜びに輝く顔を見ると、領主には自分がしてやられたことがわかりました。そこで、最初の日の光が城に射し、乙女の喜びにあふれる胸と赤らんだ頬を照らしますと、クノは彼女を自らの花嫁として要求しました。ファルケンシュタインの領主は、一夜のうちにかくも驚嘆すべきわざを成し遂げた若者を受け入れることを誇らしく思いました。
これで「ノームの道」の物語はおしまいです。
使用テキストは次の通りです。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話、「ローレライ」はこちらからどうぞ。